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■『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』■(映画) 



スターウォーズサイゴノジェダイ
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遠い昔、はるかかなたの銀河系で・・・。

「エピソードⅧ 最後のジェダイ」

レイア将軍の命を受け、ルークを探しに旅立ったレイとチューバッカ。
辺境の星トモガ=シマにルークを見つけたものの、将軍から預かった写真とは似ても似つかぬ、往年の伴直弥みたいな風貌になったかつての英雄に戸惑う二人。

「風の惑星がコケたのも、ガイバーがコケたも、俺のせいじゃないからな! うわぁ~~~ん」

と泣け叫びながら走り去るルークの姿に芸能界の裏側を見たレイだった。

一方、そんな状況をフォースで感じ取ったレイアは、早々にルークを見限り、独自の戦略でファースト・オーダーとの最終決戦に臨む。

カイロ・レンはアルバイト先の辺境の星、ナガ=サキで行方不明。
ファースト・オーダー最高責任者スノークも、猿のかぶり物ので幼女を誘惑し連れまわったことで警察沙汰に。

その状況を見計らってレイアは、かつて悪者をコテンパンにしたグンガン族とイォーク族を臨時招集し、総攻撃を開始。
かくして、レジスタンスはファースト・オーダーに対して大勝利をおさめ、グンガンのパレードとイォーク・セレブセーションとラプティ・ネックが流れるカラオケ=キッサで打ち上げに興じるのだった。

(ここで、♪チャンカ、チャンカ、チャンカ、チャララ~~~♪ とすぐにエンドクレジットが始まる)


・・・もう、何を書いてもネタバレになってしまうので、つらつらと妄想を書いてみた(笑)
ふぅ~~~ん、そんな内容なのか・・・なんて早合点しないように(しないよ!)。

以後も極力ネタバレは書かないので、ご安心を。

「フォースの覚醒」に始まった新三部作の二作目にあたる本作は、『LOOPER/ルーパー』(12)で話題となったライアン・ジョンソンが監督・脚本を担当した。
前作はローレンス・カスダンが脚本を書いたということで、ある種の安心感があったが(その実、EP4の焼き直し、なんて批判もあったりしたけど)、今回ははたしてどうなることやら、と観る前は一抹の不安があったが、いやいや、前作で敷かれたレールを見事に走り切ったという印象。
賛否両論あるのは当然ながら、個人的には十分楽しめたというのが素直な感想だ。

ただ、前作では劇中何度か感極まって涙するところもあった(それはしばらくのブランクがあって、ということも大きな理由ではあるが)が、今回は物語を追うのが精いっぱいで、感傷的になるような部分は少なかった。それくらい、本作ではあらゆる出来事が起こる。
上映時間も2時間半ということで、シリーズ中もっとも長くなっている。
それゆえ、途中ダレるという声もあるようだが、個人的にはSWの世界にどっぷり浸れた満足感の前ではまったく苦にならなかった。

ほんとに書きたいことは山ほどあるが、先にも書いたようにすべてがネタバレになるし、未見の方の興味をそぐことになりかねないので、このあたりで置いておこう。

とにかく、いまは続くエピソードⅨが早く観たい(その前にスピン・オフの『ハン・ソロ』もあるけれど)。




📖パンフレット📖

・縦302㎜×横228㎜
・42ページ 無線綴じ製本
・成旺印刷㈱
・定価:1000円(税込み)

まず、驚いたのは詳細なストーリーが掲載されていること。
ということは、パンフレットの製作時期を考えると、かなり早い段階で一部の方にはストーリーがわかっていたことになる。
後述するが、スコアの録音もかなり早い時期で行われている(前作の撮影と連続して本作の撮影が行われたため)ことを考えると、徹底した箝口令が敷かれていたことがわかる。
他にキャストのプロフィールや登場人物、メカ等などのページ、メーキングに関するページなど内容も充実。
ただし、最後の10ページは広告に費やされているのが、なんというか現代的というか、なんというか。

なお、限定版として、キャリー・フィッシャーの追悼ページ等数ページ増量で、表紙もレイたった一人のデザイン(価格は税込みで1200円)で販売されていたようだが、僕が観た劇場では公開2日目にしてすでに完売していた。
こういった限定版パンフというのも最近、ちょくちょく出くわす。
その実、ビジュアル的なページの増量というのがほとんどで、たとえば読み物の部分が増えているとか、おまけのDVDやCDがついている、というものにはあまりお目にかかったことはない。
本作に関して言えば、キャリー・フィッシャーの追悼ページは、通常版でも掲載して然るべきあり、それを限定版のみに掲載するというのは極めてナンセンス。
編集者は猛省すべし。



♬音楽♬
スターウォーズサイゴノジェダイ
スコア担当はシリーズ連続登板のジョン・ウィリアムズ。

本編を観る前にまずサントラを一通り聴いてみた。
スコアのタイトルからはネタバレになるようなものはなかったが、実際のスコアは・・・本当に細かい前知識も入れずに映画を観ようという向きには、サントラも先に聴くことはあまりお勧めしない。
それ以上のことは、推して知るべしである。

こちらもかなりデリケートな話題になるのだが、当たり障りのない範囲で書けば、まずは前作で聴かれた「レイのテーマ」、「レジスタンスのテーマ」、「カイロ・レンのテーマ」は、頻繁に登場する。
そこに、旧三部作から「レイアのテーマ」、「ハンとレイアのテーマ」、「ルークとレイアのテーマ」も盛り込まれている。
「ルークのテーマ」、「ジェダイ騎士団のテーマ」は当然のことながら流れてくる。
旧作からずっとスコアを聴いている向きには、いつもの如く、ライトモティーフで映画を盛り上げていくという、じつにわかりやすい構成になっている。
面白いのはEP4から「TIEファイターの攻撃」のフレーズも顔を出すところ。
こうなってくると、若干節操なくないかな、とは思うが、今回で8作品に携わってきたウィリアムズにしてみれば、自身の持ち駒をいろんな形で駆使した、というところなんだろう。

また、本作のスコアで耳を捉えて離さないのが、フィン(ジョン・ボイエガ)と新キャラクター、ローズ(ケリー・マリー・トラン)のために新たに書かれたテーマ曲だ。
慈愛と勇気に満ちたメロディ・ラインがじつに印象的であり、この二人が活躍する場面では、他のテーマと掛け合いのように流れてきて、音楽的な高揚感をもたらせてくれる。

また、フィナーレではエンドクレジットにおけるキャリー・フィッシャーの追悼文の部分では「レイアのテーマ」がピアノで奏でられるという趣向も。

ただ、手放しで喜べないのは、劇中に登場するカジノの惑星「カント・バイト」の場面につけられたスコア。
EP4での「酒場のバンド」やEP6の「ラプティ・ネック」のような、シンフォニックではない異質なスコアで、ひとつのアクセントとしては面白いのだが、今回はここにサンバの名曲「ブラジルの水彩画」のフレーズを用いていること。
全体のスコアは先にも書いたようにオペラに端を発するライト・モティーフを取り入れたスコアではあるが、あくまで地球とは異なる銀河の物語である。
そこに地球上のポピュラー・ミュージックを取り入れたのは、いかにウィリアムズを巨匠として讃える僕でも、ちょっとやり過ぎたかな・・・という感がある。
これを齢を重ねたことによるアイデアの枯渇とみるか、逆に余裕から来る巨匠なりの「お遊び」とみるかは人それぞれだが、個人的にはこれはやってほしくなかったなぁ・・・というのが正直なところではある。

なおサントラCDは国内盤、アメリカ本国盤同時リリース。
ゆえに国内盤には解説等は一切なし。
スコアのタイトルも英語表記のままである。
ただ、ジャケットには日本語のタイトルでの表記と、初回特典として特製スリーブ、ステッカーが3枚封入されている。
そういうのを作る期間があるのなら、誰かライターによる解説を添付してほしかったが、ギリギリのリリースではそれも叶わなかったのはよくわかるけど・・・ねぇ。
【amazon】:国内盤
【amazon】:本国盤
【タワーレコード】:国内盤
【タワーレコード】:本国盤
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■『エンドレス・ポエトリー』■(映画) 



エンドレスポエトリー
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87年に渋谷のPARCO劇場で、『エル・トポ』を観た時の衝撃は今も忘れられない。

映画雑誌などでカルト映画といえば、きまってこの映画のことが掲載されていたし、監督したアレクサンドロ・ジョドロフスキー(当時の雑誌はこういう表記だった)の名前も、フランク・ハーバートの「デューン」を作ろうとして挫折した人、ということで知っていた(高校生の頃に早川文庫の「デューン砂の惑星」にはまっていたもので)。

87年といえば、務めていた会社から単身赴任を言い渡され、東京で独り暮らしを始めた年でもある。
独り暮らしに不安を覚えつつ、その反面、家族に縛られず自由な時間を多く持つことができたために、土・日は映画館巡り、とりわけ地元にいた頃はメジャーな映画しか観てなかったもので、東京にあった膨大なミニ・シアターで上映されている作品群がとても新鮮に映ったものだ(映画を観なくても、これまた雑誌などで名前を見たことのある劇場の前まで行くだけでも嬉しかった)。

その年の3月、永らく劇場公開されてなかった『エル・トポ』がPARCO劇場で上映されると知り、

「カルト映画ってなんやろな? ああいう映画を観たら精神的にどないかなってまうんやないかな?」

なんて思いつつ恐る恐る観たわけだが、予想以上の面白さに一気に惹かれてしまった。
現在にいたるまでマイ・ベスト映画の10本の一つに『エル・トポ』を入れてしまうことを考えれば、実際に精神的にどないかなってしまったわけだけど・・・(笑)
ちなみに、その年の5月には、現段階で生涯ベスト1である『ブルー・ベルベット』に出会ったことを考えれば、87年は本当に大きな影響を受けた年だった。

さて、『エル・トポ』の洗礼を受け、それ以外のホドロフスキー作品にもほとんど触れたし(いまだ本邦公開に至っていない『TUSK』(80)は知人から譲り受けた、ダビングにダビングを重ねた激悪映像のビデオを所有している)、4年前、長いブランクの末に公開された『リアリティのダンス』(13)でのホドロフスキーの健在ぶりには驚嘆したものだ。


さて、今回の『エンドレス・ポエトリー』は、『リアリティのダンス』の続編にあたる。
前作で故郷チリのトコビージャを旅立ったホドロフスキー一家、舞台をサンティアゴに移し展開されるは前作同様アレハンドロの自伝である。

前作での彼はまだ少年であり、物語の大半は彼の父ハイメの物語だった。
今回は青年となったアレハンドロが、封建的なハイメの「医者になれ!」という言葉に逆らい、詩の世界に魅せられ芸術の道を歩もうとする姿を描く。

今回の作品は、これまでのホドロフスキー作品に比べるとかなりとっつきやすい内容になっており(前作を観ていると理解は深まるが、観てなくても十分楽しめるだろう)、ユーモアの要素も一番大きいと思う(映画を観ていて何度も声を出して笑いそうになったが、場内はシ~~~ンと静まり返っていたのがなんとも心苦しかった)。

そしてそれに輪をかけて、エロの配合ぶりがハンパじゃない(笑)
主人公アレハンドロを演じるのは、監督したアレハンドロ・ホドロフスキーの息子であるアダン・ホドロフスキー。
彼を筆頭に、まぁ、劇中の登場人物が脱ぐわ脱ぐわのスッポンポン祭り!

劇場によってはボカシが入れられているバージョンもあるそうだが、僕が観たのは無修正版。
なので、もうなんちゅうか、息子の息子(笑)がスクリーンのあちこちで乱舞する。
いや、息子の息子だけじゃなく、他人の息子まで・・・ホドロフスキー映画に出演するには、老若男女わけへだてなく、カメラの前でスッポンポンになる覚悟が必要なんだろう。

ホドロフスキーといえば、詩的だとか、哲学的だとか、アカデミックな印象で語られることが多いと思うが、もちろんそういう要素は前提としてあるとしても、僕には変態エロジジイにしか見えない(あ、これ最大の賛辞なので誤解なきように。最大の惨事じゃなくてね)。
それでも、そんな変態かつエロな映画のように見せかけて、じつはその裏側には深いテーマがちょろっと垣間見える。
そこの匙加減が上手いんだなぁ。

物語の軸となるのは父親との葛藤なのだが、映画はエキセントリックな芸術家と交流を重ねるアレハンドロの姿を綴っていく。
特に彼が最初に恋愛関係になるステラの印象が強烈だ。
豊満な体格に鮮烈な赤毛。
酒場で2リットルのビールを一気に飲み干し、言い寄ってきた男に激烈なパンチを喰らわす豪快さ。
演じるのがアレハンドロの母サラと二役のパメラ・フローレンスというのも驚き(一見わからないくらいにステラのメイクが奇抜)だ。
サラを演じる時は前作同様セリフがすべてオペラ調(彼女は本職は歌手なのである)というユニークな演出に加え、ステラを演じる時の豪快ぶりに、演出するホドロフスキーも大いに楽しんでいるんだろうな、というのが伝わってくる。


やがて、アレハンドロはある種の挫折を味わい、サンティアゴからパリへ旅立つところで映画は終わる。
クライマックスでは彼と父親ハイメとの確執が、じつに見事な演出で打ち解け合うところを描く。
これには思わず感動せざるを得ないのだが、一見エキセントリックな映画に見えて、実は壮大なラヴ・ストーリーであることを、その時になって知ることとなる。

父ハイメを演じるのも、前作同様、彼の息子であるブロンティス・ホドロフスキー。
だから、息子二人が親子を演じているという、一度訊いたら何のこっちゃ? なんだが、衣装担当はホドロフスキーの奥さんだし、ある種の家内制工業のような映画。
そういうお膳立ての中で自身の物語を描くというのは、彼にとってはとてもやりやすいものだったのかもしれない。

この映画はフランス、チリ、そして日本の合作となっている。
なぜ日本? と思ったが、本作はいわゆるクラウド・ファンディングで作られた映画であり、そこに配給会社アップリンクも協力したということだ。
巨匠の作品をこういう形で実現させていくというのも、映画の内容とはまた別に感動的である。
また、ホドロフスキーを愛する人々の力でもって映画が作られていく、やはりそういう意味においても本作は壮大なラヴ・ストーリーなんだな、と実感した。


この後、ホドロフスキーは自伝のパリ編を作り、その後メキシコ編(ここでようやく『エル・トポ』を製作した頃の姿が描かれるのだろう)を作る予定なんだとか。
齢88にしてますます盛んなホドロフスキーの新作を目の当たりにして、そのパワーは健在であることを実感したし、当然この後の映画製作に邁進することを信じる。
楽しみは尽きない。



📖パンフレット📖

・縦257㎜×横182㎜
・20ページ 中綴じ製本
・有限会社アップリンク
・定価:800円(税込み)

配給元であるアップリンクの浅井氏による、本作の製作に関する解説ページが読み応えあり。
また、アレハンドロ・ホドロフスキー、アダン・ホドロフスキーへのインタビュー記事など、さすがミニ・シアター作品ならではの内容の濃いパンフレットになっている。
最後にはクラウド・ファンドに協力した方々の名簿が3ページにわたって掲載。
出演者のプロフィールが掲載されているのは当然だが、内容の濃いパンフではあるものの、唯一、日本人女性の出演者がおられるのだが、彼女のついての記述が一切なかったのは残念。



♬音楽♬
エンドレスポエトリー
スコア担当は前作、『リアリティのダンス』に続き、主演のアダン・ホドロフスキー。

俳優のかたわらミュージシャンとしても活躍しており、作曲作業は慣れたものと思う。
全体的な印象は前作同様で、メインテーマとなるワルツ曲(予告編でも印象的に流れている)は、ラストを盛り上げて留飲を下げる。

一部、父親であるアレハンドロ・ホドロフスキーが『エル・トポ』で書いたパントマイム曲を使用(当サントラにも収録されている)しているのがご愛嬌。

サントラは配信と、最近流の流行りなのか、LPレコードでリリースされている。
前作はCDでもリリースされていただけに残念。
サントラの世界でもLPレコ-ドのリリースが盛んだが、実際にところほんとに需要があるんだろうか?
【amazon MP-3】
【amazon LPレコード】
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■『DESTINY 鎌倉ものがたり』■(映画) 



でぃすてぃにーかまくらものがたり
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『ALWAYS 三丁目の夕日』に続き、同じく西岸良平の原作コミックを山崎貴監督が映画化。
いわば西岸良平シリーズの第2弾ってな感じか。

僕自身、「三丁目の夕日」は原作も読んだけれど、今回の「鎌倉ものがたり」はまったくの未読。
なので、映画で初めてその世界観に触れたわけだが、なんとも珍奇な映画だった。

そもそも、なんで鎌倉にあのように「普通に」妖怪が跳梁跋扈しているのかが、まず変。
いみじくも、堺雅人演じる主人公が新婚の新妻、高畑充希にそこんところを尋ねられるのだが、

「ここは鎌倉だぜぇ」

の一言で済ませてしまう。

だから、そこを何でや? って訊ぃとるんだよ!!

主人公は作家であり、民俗学に長けた人物という設定ゆえ、なるほど、そういう人物が妖怪を引き寄せるんだな。
映画の冒頭、新婚旅行から帰ってきた二人が、「現代の」鎌倉の市街地を車で走り抜けるのだが、そこから次第に郊外へ。
だんだん空気が変わっていくというそのファースト・シークエンスを観て、そうか、この映画は一応舞台は「鎌倉」と特定されてはいるものの、主人公の作家の住むところは異世界である、という設定なんだな。
これから起こる出来事は、主人公の脳内で起こった妄想劇なんだな。

と、自分自身に納得させて映画に臨んだが、いやいやいや、どうもおかしい、おかしい。

主人公の脳内の出来事であればいいが、警察署には普通に妖怪がウロウロしているし(しかも、特定の管轄まである)、夜には「普通の人」も普通にものが買える妖怪たちが屋台を開いていたりする。

それ以外にも、びつくりぎょうてんな出来事が次から次へと起こるのだが、それらすべてに説得力がないものだから、妙な空気感は終始拭えないままだ。

この映画は何なんだ? いったい何を言いたいんだ?
そんな疑問が生じるたびに、

「ここは鎌倉だぜぇ」

という堺雅人のニヤけたセリフがまた浮かび上がって、相当に気分がよろしくない(笑)

のっけから説得力のない内容ゆえ、その後起こる出来事も逐一説得力がない。
あることがきっかけで、高畑充希は黄泉の国へと旅立ってしまい、喪失の悲しみの中、堺雅人もなんとか黄泉の国へ渡る術を知って、彼女を現世へ取り返そうとする。

このイザナミ・イザナギの物語のような展開は、僕も民俗学が好きなので本来は感動すべき部分のはずなのだが、いかに妻を亡くした悲しみに、砂浜で茫然と立ち尽くす堺雅人の姿を映し出したとて、そこにエモーショナルな共感できる部分は皆無だ。
だって、説得力がないんだもの。

むしろ、メインのストーリーよりも、主人公の知人、堤真一のエピソードで1本映画を作ったほうが、もっと良かったんじゃないかって思う。
詳しいことは書かないが、あちらのほうがよほどエモーショナルだし感動的だ。

ってなわけで、堺雅人と高畑充希の新婚夫婦に、ある因縁があったとか、まぁ、ゾロゾロとあらゆるシチュエーションが飛び出してくるんだけど、すべてひっくるめてファンタジーとして捉えりゃいいんだろうが、いくら絵空事でも、それなりにきちっとしたお膳立てがないと、どれだけ美しいSFXを繰り出そうとも空虚なものにしか映らない、反面教師のような映画だった。


まぁ、そう目くじら立てずに、オールスターキャストの娯楽映画として割り切って観るには、楽しい映画だけれど。
つまるところ、20歳も年下の奥さんができるのは、過去からの因縁がある以外には、そうそうにない話だ、ちゅうことやね。

個人的には貧乏神を演じた田中泯が儲け役。
この方のコミカルな演技は、初めて見るので新鮮だった。



📖パンフレット📖

・縦300㎜×横225㎜
・26ページ 無線綴じ
・㈱久栄社
・定価:720円(税込み)

表紙はPP張りで、オールカラー。
なによりメーキングのページに半分以上を充てているのはさすが。
主演者のプロフィールも充実しており、コストパフォーマンス高し。
パンフレットのお手本的内容だ。


♬音楽♬
でぃすてぃにーかまくらものがたり
スコアは山崎貴監督とずっとコラボレーションを続けている佐藤直紀。

予告編でジョン・ウィリアムズの『フック』にそっくりなスコアが流れていて、とっても気になっていた。
ああいうスコアが惜しげもなく流れるとなると、佐藤直紀という作曲家に対する、不信感というかなんというか、映画自体もダメダメだろうな・・・と思っていたが、どうやら予告編用のテンプ・トラックだったようだ(作曲者は不明)。

実際に佐藤氏が本作に書いたスコアは、メランコリックなワルツ曲をメインとしたドラマティックなもので、いかに予告編に間に合わなかった(のかどうか、詳しいことは知らないけど)とはいえ、なぜ実際のメインテーマを使わなかったのか! じつに惜しいところである。

宇多田ヒカルのソングナンバーがやたらとキャッチーな使われ方をしているが、いやいや、それに勝るとも劣らぬスコアを佐藤氏は書いているのだ。
このメインテーマの旋律は劇中の要所要所で流れてくるので、映画を観た方ならば強く印象に残ることと思う。

感動的に盛り上げるというよりも、異世界の中で互いの存在を信じあう一組の夫婦への賛歌ともいうべきスコアだ。

なお、サントラには宇多田ヒカルのソングナンバーは収録されていないので念のため。
山崎監督の作品における、佐藤氏のスコアは、これはもう二人三脚のような印象を持っているのだが、なぜかエンドクレジットはスコアと関係のないソングナンバーが毎回流れる。

大人の事情、といえばそれまでだが、こういうスタイルを目の当たりにすると、せっかくの二人三脚の関係は単に仕事上のことだけなのかな、なんてちょっと寂しくなってしまうのだ。
先の『オリエント急行殺人事件』における、監督と作曲家の絶妙な関係を目の当たりにしたから、余計にそう思うのかもしれない。
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【タワーレコード】
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エンドクレジットに流れるのは、宇多田ヒカルが唄う「あなた」。
配信にてリリース中。
【amazon MP-3】
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■『オリエント急行殺人事件』■(映画) 



オリエントキュウコウサツジンジケン
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アガサ・クリスティー原作のミステリー小説を、リドリー・スコットのプロデュースの下、ケネス・ブラナーが監督。

原作自体あまりにも有名だし、74年のシドニー・ルメットによる傑作映画もあるので、敢えて映画化に挑戦したスコット&ブラナーの心意気は高く評価したいところ。

今回の映画を観て思ったのは、歌舞伎の世界でいうところの新春恒例顔見世興行、みたいな感じか。
現時点で最高の俳優が集結して、誰がどの役を演じるのか、という楽しみなのである。

まぁ、ケネス・ブラナーは監督なので、一番美味しい役を演じるのは決まっているけれど、本作で言えば、ポアロかラチェットか。
ラチェットだったら早々に遺体になってしまうので、後の演出が楽なのに、やっぱりポアロを演じたいんだなぁ(笑)
そういうキャスティングだけでも、本作の半分以上の楽しみは全うできると思う。

とにかく、登場する顔ぶれの豪華なこと!
これだけの面子が一堂に会するというのは、今回のような作品ゆえのことなんだと思う。
個人的にはこの時期に出演作がかぶっているデイジー・リドリーの「普通の人」の演技が見ものだった。
やっぱり彼女はキュートだなぁ。

ブラナーの作家性が発揮されるのは、特に後半の大団円からエンディングにかけての演出。
多くの方が、「お、あの構図は!」と気づかれることと思うが、それに関する裏読みも難しいものではないし、エンディング間際のシチュエーションには、思わずニンマリとしてしまうこと請け合い。

多少、きれいにまとまり過ぎの感もなくもないが、言われなくなって久しくなった「正月映画」としては、王道を行くようなそんな映画。
大いに楽しまれたし。



📖パンフレット📖

・縦210㎜×横297㎜
・12ページ 中綴じ
・成旺印刷㈱
・定価:720円(税込み)

表紙はPP張りで、オールカラー。
出演者それぞれのプロフィール、ロンドン・プレミアの会見記などが掲載されている。
それ以外は可もなく不可もなくといったところか。



♬音楽♬
オリエントキュウコウサツジンジケン
監督ケネス・ブラナーといえば、スコアはお馴染み、盟友パトリック・ドイル。

スコアもシドニー・ルメット版における、リチャード・ロドニー・ベネットによる名曲があるので、ドイルとしてもこれまた挑戦だったことだろう。

メインの旋律はまさにドイル節ともいえるメロディ・ラインで、オリエント急行の疾走感を表現しているかのよう。

事件の全貌が明るみになるくだりでは、ミステリー調のスコアではなく、慈愛に満ちたドラマティックないわば「愛のテーマ」ともいうべきで旋律で盛り上げる。
ブラナー&ドイルの名コンビは、ここに新たな傑作を生んだといえる。

エンドクレジットではこの旋律にブラナーが歌詞をつけ、出演者の一人であるミシェル・ファイファーがヴォーカルを披露する、「Never Forget」が流れる。
本編と関係ないアーティストのソング・ナンバーが当たり前のように流れる邦画の関係者は、こういうところを大いに見習ってもらいたい。

ちなみに予告編であたかも本作の主題歌のように鳴りまくっていた、イマジン・ドラゴンズの「Believer」は、劇中で一切流れないので念のため。
クラシカルな作風が定番のブラナー&ドイルのコンビの作品で、よもやあのようなナンバーは流れないだろうと思っていたので、当然である。

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■『鋼の錬金術師』■(映画) 



はがねのれんきんじゅつし1
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2018年度最初の劇場鑑賞作品。

大泉洋が生理的に合わないので、2018年度最初の映画に『探偵は~3』は避けて、こちらを選んだが、ご存知のようにこちらにも大泉洋、出とります(笑)

人気コミックを曽利文彦監督が実写映画化。
これまで、アニメ化されていたのは知ってるけど・・・というくらいの前知識で、世界観等は全く知らず。

そもそも、普通の人が普通に錬金術が扱えるという世界観がなかなか奇妙。
まして、あんなガキンチョまでが錬金術を扱うなんて、これじゃあアルケミストも形無しだ。

というような否定的な思いはまったくなく、そういうもんなんやね、という程度で映画にはすんなり入っていけた。

件の術で体にダメージを負った以上に、弟に対して大きな損害を与えてしまった兄。
弟はそんな兄に反抗せず、兄の錬金術を誇りにまで思っている。
この兄弟の関係がじつに心地好く、途中ある種の横槍がその絆を裂こうとするが、その横槍とて絆の強さを壊すことはできない。

このあたりのシチュエーションは観ていて素直に感動した。

はがねのれんきんじゅつし2
VFXもハリウッドのそれに負けないクオリティで、一昔前のように邦画は見劣りするなぁ・・・なんて印象も吹き飛ばしてくれる。
技術が良くてもセンスがイマイチ・・・ってこともあるわけで、そういう意味では曽利監督はそつなくこなしていたんじゃないかと思う。

イタリアでのロケも、この架空の世界を映像化するのに一役買っていたし(日本では神戸で撮影をしていた由。まぁ、ここも異国情緒あるわけで)、多彩な登場人物も楽しい。

作品初心者(なんせ、原作者の名前を「あらかわ・ひろし」と読んでいて、男だとばかり思ってたからね)には、十分楽しめた1本だった。


ところで、劇場で小冊子をもらって、そこで初めて原作の「絵」に触れたが、今回観た映画よりもかなりソフトというか、ギャグなんかも盛り込まれていて、どこかシリアスな印象を受けた映画とかなりイメージが違うように思った。

逆に原作コミックのファンが、今回の映画を観てもし違和感を抱いたのなら、そういうところなのかもしれないね。


📖パンフレット📖

・縦297㎜×横210㎜
・22ページ 無線綴じ
・日商印刷株式会社
・定価:820円(税込み)

通常のパンフよりは若干(100円)高い。
表紙はPP張りで内容も充実している。
スタッフロール完全収録。

入場者に無料配された小冊子(上に掲げている写真)は、監督と原作者の対談が読み応えあり。
これはパンフにも掲載されていないので、正直この冊子だけでも情報は事足りるくらいの充実度。


♬音楽♬
スコア担当は北里怜二氏をはじめ、数人の方の名前がクレジットされている。
北里氏は曽利監督の過去の作品のスコアも担当している。

概ねシンフォニックなスコアで、エキゾティックな要素を盛り込んでそこそこ鳴らしているんだが、予告編で流れていたキャッチーな旋律が、なかなか流れてこない。
で、結局映画のラスト、エンドクレジットの直前で少し流れるのみ。

予告編で耳に残っていた旋律だけに、あれを劇中の要所要所で鳴らしていれば、スコア的に盛り上がっただろうに、とてももったいなく感じた。

サントラCDは未リリース。
配信すらされていない。

はがねのれんきんじゅつし
MISHAが唄う主題歌、「君のそばにいるよ」もいいのだが、いわゆるこの時期の作品としては、音楽的にはイマイチ盛り上がりに欠けるように思う。

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