■『時をかける少女』■(映画) 


トキヲカケルショウジョ2010
映画やTVでこれまで幾度となく映像化されてきた、筒井康隆による原作小説。
特に、大林宣彦監督による83年の映画版は、大林監督の代表作であり、またSFジュブナイル作品というジャンルにおける金字塔だと思うのは僕だけではないでしょう。
また、4年前には細田守監督による、まったく新しいストーリーのアニメーションが好評を博したのも記憶に新しいところ。

そして今回、またもや実写映画化となったわけですが、アニメーション版と同じくオリジナル・ストーリーではあるもの、なんと原作の続編という内容。

製作サイドの原作に対するオマージュであると同時に、名言はされていないものの、我々こそ原作の真の後継者である、とむしろ声高に宣言したっていんじゃないかってくらい、原作の持つイメージを大事に守りつつ、新たな魅力に満ちた作品に仕上っていたのはなんとも嬉しいかぎりです。


本作のヒロイン、芳山あかり(仲里依紗)は母親(安田成美)が薬学者として務める大学に合格します。

まるで姉妹のように仲のよい母娘でしたが、ある日、母親は交通事故で昏睡状態に。
ショックを受けつつ、看病するあかりの前でようやく意識を取り戻した母。

「1972年4月の土曜日。深町一夫に会うため中学の理科室に行かなくては」
と、切羽詰った面持ちで口走る母に、

「私がかわりに会って来る」
と、母が開発した薬でもって1972年へタイムリープ。

しかし、1972年へ行くつもりが、1974年へ行ってしまいます。

そこで出会った大学生、溝呂木(中尾明慶)とともに深町一夫探しをするあかり。
はたして彼女は、深町一夫を見つけることができるのでしょうか、というお話。

一応は続編というスタイルではありながら、独立した作品としても楽しめるようにはなっています。
でも、できれば原作を読むか、あるいは大林版をご覧になってから本作を観ればなお一層楽しめること請け合い。

いわずもがな、あかりの母というのが、前作(以下、前作と書かせていただきます)のヒロイン芳山和子であり、彼女と深町一夫との関係を知っていれば、なぜ彼女が彼に会いたがるのか、それだけで胸キュン(死語)ものです。
本作は「あのロマンス」の顛末を描くと同時に、今回のヒロインであるあかりが出会う溝呂木とのロマンスをも描いていくのですが、これがまた前作以上に切なく胸に沁みる展開になるんですよねぇ・・・(このあたりの伏線の張り方も見事!)。


また、溝呂木は大学で映画研究部に所属しており、自主制作の映画監督という設定(彼の下宿には映画のポスターがいっぱい。個人的には窓に貼られた『未来惑星ザルドス』(74)がツボでした・笑)で、彼が製作している映画が後々に大きな意味を持ってくる。
映画を小道具として使うという設定を目の当たりにすると、作り手による前作に対する思いもさることながら、映画そのものへの愛情もひしひしと伝わってくるんですよね。
おそらく、一度は映画を作ってみようと思ったことのある方には、たまらないんじゃないでしょうかねぇ。

そういった諸々は、本作を監督(長編映画初なんだそうな)した谷口昌晃氏のアイデアなのか、脚本を担当した菅野友恵氏のアイデアなのかは定かではありませんが、いやぁ、ほんとに沁み入る映画でありました。


あかりを演じる仲里依紗は、細田守監督のアニメーション版でヒロインの声を担当し、今回は生身での出演と相成ったわけですが、いまどきの高校生を溌剌と演じており、彼女が1974年にタイムリープしたことによるカルチャー・ショックの数々がじつにユニーク(溝呂木と安下宿の一室で暮らす描写や、風呂屋の場面における「リアル神田川!」等々)。

と同時に、母と別居中の父親(彼も映画監督であるというところがミソ)への感情など、ドメスティックな問題を彼女がタイムリープを通してどう解消していくかというシチュエーションも、ストーリーにスパイスとしてよく効いており、それを見事に演じきった仲里依沙の魅力は、大林版における原田知世とはまた違った良さがありました。


あかりの母親がいかにしてタイムリープできる薬を作ったんだ? とか、タイムスリップものにありがちな辻褄の合わない部分もなきにしもあらずですが、そんな細かいことはこの際度外視して(笑)、この新たなSFジュブナイル映画の秀作にどっぷり浸っていただきとうございます。
思うに、タイムリープは母親の思春期の頃から連綿と続いている切実な想いを遂げるアイテムであると同時に、ヒロインの精神的な成長のアイテムでもある。
それは前作や大林版やアニメーション版でも少女から大人への「通過儀礼」としての共通したタイムリープの使われ方という意味においては、間違いなく本作は原作の後継者といっていいんじゃないでしょうか。


最後にちょっとだけ気になったことを・・・。
本作における芳山和子ですが、原田知世を起用することも可能だったでしょうに、敢えて安田成美(彼女は彼女でとっても雰囲気があって良かったです)をキャスティングしたところに、映画全体のイメージとして大林版と合い通じるものを含みながらも、独立した作品であるという作り手の姿勢が伺えるというものですが、それならば冒頭に流れる、いきものがかりによる「時をかける少女」のカヴァーは、はたして必要だったのでしょうか?(いかにサービスといえ、ねぇ・・・)

それと、これは最も気になったこと!
あかりと溝呂木が一つのコタツで対面で眠る場面があるんですけど、顔の横に女子高生の生足が突き出されている(しかも美少女の)というのに、溝呂木がいわゆる「その気」にならないのは、これはどう考えても不自然でしょ。

不自然だと思うぞ。絶対、不自然だよ!!


あ、本作はあくまでジュブナイル作品。
そんなセクシャルなものは不要なんですよね。失礼しました・・・(笑)

(MOVIX橿原にて鑑賞)

【採点:100点中75点】



※いきものがかりによる、本作の主題歌「ノスタルジア」。いいナンバーです。
「時をかける少女」のカヴァーはカップリングで収録。



※良くも悪くも、この映画の印象はやっぱり強烈だよなぁ・・・。


※大林版のイメージに捉われていないという意味でも、やっぱりこの映画は傑作だったと思いますね。




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