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■『コララインとボタンの魔女 3D』■(映画) 


コラライントボタンノマジョ
昔から「目は口ほどにものを言う」といいますが、いつだったか、たとえば犯罪を犯した者の人相で、重要なのは「目」であるということをTVで言ってました。
人相をおぼえてなくても、どのような目をしていたか(目つきと言った方がいいのかな?)をおぼえていると、そこから全体の表情が推測できるんだそうです。

ということは、「目」というのはその人の人間性を表しているともいえる。
つまり「目は口ほどにものを言う」ってことになるわけで。


いまは違うんですけど、僕は幼い頃、「目」に恐怖感を抱く子供でありました。
というのも、好きでよく観ていた特撮番組に『ジャイアントロボ』『スペクトルマン』がありまして、いずれの作品にもヒーローが敵に目を破壊されるという回があったんです。

無敵のヒーローが無残に両目を潰されて苦悶する姿は、幼心に強烈なトラウマを与えるもので、夢にまで出てうなされるということも何度もありましたっけ。
多分に、ヒーローの人間性(というのもおかしな表現ですが)を破壊されることに、とてつもない恐怖心を抱いたんでしょうね。


それがきっかけで、たとえば「目玉模様」のデザインなどにも恐怖感を抱くようになって、困ったのは夏になると家の中に「目玉模様」を持ったジャノメチョウ(正確にはヒメジャノメ)という蝶が入り込んでくること。

ふわふわと飛んできては玄関の上などにひょいっと止まる。
で、しばらくするとゆっくり羽を開いたり閉じたりするんですけど、羽の「目玉模様」に睨まれているようでこれがたまらなく恐怖でして。
冒頭に「いまは違うんですけど」と書きましたが、試しにPCでヒメジャノメで検索して、画像を覗いてみたらば、いまでも思わず吐き気を催すような嫌悪感を抱いてしまいます。

そうそう、僕を懲らしめてやろうという方(恨みをかうようなことなしてないと思うんですが)は、たとえばヒメジャノメがウジャウジャいるようなところに僕を放り込めばよろしい。
おそらく数分で発狂もしくは悶死してしまうことでしょう(笑)


という、とりとめのないことをダラダラ書いたのも、『コララインとボタンの魔女』を観たから。

この映画では「目」が大きなテーマになっているのです。

コラライン1
『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(93)の監督、ヘンリー・セリックの新作はニール・ゲイマン原作の世界的に有名な児童文学を、全編人形アニメーションで製作した驚愕のファンタジー巨編。

CG全盛の昨今、頑なに人形アニメーションにこだわるヘンリー・セリックという存在は、なんびとも侵すことのできない聖域のように思うのは僕だけではないでしょう。
驚愕という言葉を使いましたが、本作のメイン・タイトルの映像で早々に驚愕してしまいました。
いやあ、今回もかなり手の込んだいい仕事をしてますよ~~~。


ヒロインのコララインは両親とともに、築150年という「ピンクパレス・アパート」に引っ越してきます。
そこでみつけた秘密の扉。
その向こう側には、コララインにとっては夢のような世界。
普段、仕事が忙しくてちっとも自分にかまってくれないパパとママも、扉の向こうの世界にいるパパとママは自分のことをとっても大事にしてくれます。
しかし、そのパパとママの目はなんとボタンになっているではありませんか!
そして、この世界にずっといたいなら、その目をボタンと取り替えなさいと、扉の向こうの世界のママがコララインに迫ってきます。
なんと、そのもう一人のママの正体は魔女で、扉の向こうの世界に迷い込んできた子供たちの魂を食べてしまうのでした。


現実世界に不満を持つがゆえに、空想の世界に逃げ込むというのは、子供が主役のファンタジー作品にはありがちな設定ですが、本作はそこに悪趣味スレスレな独自のビジュアル・デザイン(いうまでもなく、それが魅力なんですけど)でもって、揺れ動く多感な少女の心の中を見事に表現しています。

そして、注目すべきは扉の向こうの世界の住人の目がボタンになっているということ。
なぜ、ボタンなのかはもっと物語を深く読み込む必要があると思いますが、「目」をボタンに取り替える、つまり、最初に書いたように人間性を奪うということを如実に描いた本作を目の当たりにして、恐怖心を抱いた幼い頃のことを思い出してしまったのでありました。


コラライン2
とはいえ、僕自身はもう大丈夫ですが、おそらく本作を観てトラウマを抱くお子ちゃまもおられるかと思います。
『ナイトメアー~』における、ティム・バートン色濃厚なビジュアル・デザインとは一味も二味も違う視覚による「毒」と、ダニー・エルフマンによるコミカルかつダイナミックなスコアとは一味も二味も違う、まるで囁くように全編を彩るブリューノ・クーレのスコアによる「毒」。

この「毒」に、いまのお子ちゃまたちはどれだけ耐えることができるでしょうか。
でもその「毒」は、またとっても「甘美」だったりするのです。
という意味では、とっても危険な映画ですので、引率する大人は十分ご用心めされい。


さて、本作は『アバター』以来、市民権を得た(?)3D方式による上映となっています。

確かに本作でも3Dが抜群の効果を上げているシーンもあります。
が、やはり立体映像に気を取られてしまって、せっかくのヘンリー・セリックの映像世界に集中できなかったのも事実。
とりわけ、人形アニメという3D以前に特異なビジュアル作品である本作において、あくまで個人的な感想としては、3Dが邪魔で邪魔で仕方がありませんでした。


できれば、2Dでもう一度じっくりヘンリー・セリックの見事な仕事を堪能してみたい。

それに加え、榮倉奈々の吹き替えではなく(いえいえ、決して彼女自身は嫌いじゃないんですけど)、オリジナルのダコタ・ファニングによるアフレコで観たい!

ぜひとも観たい! 観たいよ~~~~~~ぅ!!

(MOVIX八尾にて鑑賞)

【採点:100点中60点】



※ニール・ゲイマンによる原作。
なぜボタンなのか、その回答はここにあるのかも?



※こちらは原作の洋書版。
コララインのデザイン、こえぇ~~~~~!



※ブリューノ・クーレによる、本作のサントラ。
残念ながら輸入盤のみのリリース。





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