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■『人間失格』■(映画) 


ニンゲンシッカク
荒戸源次郎といえば、かつてシネマプラセットなるエアドーム型の映画館を空き地に突如として出現させ、鈴木清順作品等を上映して日本映画界に少なからず影響を与えた人物ですが、それまでのプロデュース業から監督としてデビューを飾ったのが内田春菊原作の映画化、95年の『ファザーファッカー』。

そして、7年前には車谷長吉の原作を映画化した『赤目四十八瀧心中未遂』(03)は、数々の映画賞に輝いたのは記憶に新しいところ。といっても、もう7年も前になっちゃうんですね。
僕自身は原宿の空き地に出現した『どついたるねん』(89)で、はじめてシネマプラセットを体験したのですが、その後、突如、九段に出現した鉄パイプで作られた「通天閣」(笑)&シネマプラセットで『王手』(91)を観る機会を得ました。

ってな話を、7年前の『赤目~』公開時、プロモーションのためにプロデューサー氏とスチール写真を撮ったカメラマン氏が、僕が番組を担当している地元のコミュニティFM局へゲストとしてお越しになった際にお話しさせてもらったことがありまして。
やっぱり荒戸源次郎という人物がこれまでどのような活動をしてきた方なのか、という話題が挙がったのは珍しかったようで(たいてい話題に挙がるのは主演の寺島しのぶのヌード&刺青のことだったようで)、その際にプロデューサー氏が、

「そこまで荒戸のことをご存知でしたら、荒戸の次回作にぜひ、ビンさんに出演していただくように言っておきます!」

とおっしゃったのでした。


もちろん、サービストークでしょうけれど、それから幾星霜。

『赤目~』の評判も良かったのに、荒戸源次郎監督の新作の話はとんと聞かないなぁ・・・と思っておりましたら、ここにきて出来上がったのが太宰治のあまりにも有名な「人間失格」の映画化。

しかも、主人公はジャニーズの生田斗真。

あれ? 僕は???

閑話休題。

あまりにも有名な原作とはいうものの、白状すれば僕が読んだ太宰治作品って「走れメロス」しかないんです。
そりゃあ、たしかに中学校の国語の時間でも、日本の文学作品ということで「人間失格 太宰治」っという文字は何度も目にしたものですが、とにかくそういう「文学」ってものにあまり興味がなかった(中学時代は映画のノベライズばっかり読んでたもので。アラン・ディーン・フォスターとか)んですよね。

なので、あの名作を映画化! といわれても、どんな話なのか詳しいことは知らなくって。
イメージとしてはおっとこまえな主人公が女と酒と薬に溺れて破滅していく、というようなもんだろ、程度のものだったんです。
実際に映画はそういうお話でしたが。


まぁ、これほど主人公に感情移入できなかった物語もありませんわ(笑)
なんやねん、男前だったらあんなに何人もの女性が寄ってくるっちゅうんかい?
お金もなく、酒浸り。モルヒネでボロボロになってるのに。
これが生田斗真が演じているから、さもありなんってなものですが、冒頭の話じゃないですが、たとえば僕がこの主人公だったらどうよ?
ブッサイクでお金もない。薬でボロボロ・・・・。

書いてるだけで泣けてきたよ・・・。


でも、これだけ長い間愛されてる原作でもあり、ってことは人々の心を掴む物語なわけです。
じゃあ、映画を観終わった後で、いっぺん原作を読んでみようってことで本屋に直行いたしました。

で、驚いたのが映画はほぼ原作に忠実(セリフや主人公の細かい仕草など)に作られているんです。
ま、原作は長編というわけではないので、2時間14分という上映時間ではあますところなく映画化できるというものですが、原作を読まれた方はお判りでしょうが、いわゆる状況説明というのが原作にはほとんどない。
大半を主人公の告白で構成されている原作を、映画はその主人公大庭葉蔵と彼を取り巻く人々の姿を、第三者の目から描いている。
それは当然といえば当然なことなれど、原作で書かれている行間を映像で表現する(主人公の心理状態を幻想的な映像で表現する箇所もあり)といったらいいのでしょうか、そこが太宰治原作の映画化であることはもとより、荒戸源次郎という映像作家の作品としての完成度の高さを実感した次第。

また、もともとセクシャルな要素の多い物語ですが、映画では極力直接的な描写は出てこないのも正直意外でした。
もっとも原作では微かに匂わせるに留める描写として書かれており、映像化となれば普通はそこをケレン味あふれる表現(日本を代表するこの女優陣をキャスティングしておきながら!)に走ってしまうところを、荒戸監督は原作を尊重したのか、深いところは観客に委ねるとでもいうようにあっさりした描写になっているんです。
しかし、それがかえってエロティックだったりするのが映像のマジックなんですよね。


ただ、原作と大きく異なっているのが、葉蔵が最後に出逢う女性、鉄(三田佳子)。
原作では数行程度の登場ながら、映画ではクライマックスでかなり重要な役どころとして描かれています。
葉蔵が堕落した生活を送るそもそもの原因はどこにあるのか?
それは、あまりにも有名な原作であり、ここでビギナーな僕がどうこう書くことではありませんが、鉄という女性を登場させることで、荒戸監督なりの葉蔵の心の平穏を与えて物語の決着としたのでしょう。

それに連なる、映画ならではのラスト・シークエンスなど、ポジティヴな展開は原作を読まれた方には多少奇異に思えるかもしれませんが、そこに監督としての独創性を感じました。


昭和初期のレトロな味わい(そのほとんどが東映太秦映画村で撮影されたのには驚き! ロケも関西周辺で行われた由)と、退廃したムードの映像設計も見事だったし、メインキャストから端役に至るまでの細かなキャスティングの巧みさであるとか、初映画音楽に挑戦した中島ノブユキのスコア(メインテーマは絶品!)など、映画としては大層面白い仕上がりにはなっておりましたが、やっぱり人々がこの物語のどこに惹かれるのか、原作を読んでも僕には結局よくわかりませんでした。


・・・で、もし、僕が本作に出ていたら、どの役を?(←しつこいぞ!

(MOVIX橿原にて鑑賞)

【採点:100点中75点】



※いわずとしれた原作。
とにかくいろんな出版社から出ていますが、ここでは映画とコラボしている角川文庫をお薦め。
いまなら表紙は生田斗真バージョンになっていますよ。



※中島ノブユキによる本作のサントラ。素晴らしいスコアに仕上っています。
大貫妙子が唄う、「アヴェ・マリア」も収録。
ど~でもいいけど、原作本といい、ことこどく写真を使わせない(本来のジャケットは生田斗真のアップ)ところが徹底してますねぇ、ジャニーズ・・・。



※『赤目四十八瀧心中未遂』のDVD。
馴染み深い場所が一杯登場するところも嬉しかった一作。
なんせ、クライマックス・シーンは近鉄八木駅のホームですもんね。





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