■『Dr.パルナサスの鏡』■(映画) 


ドクターパルナサスノカガミ
2年前に急逝したヒース・レジャー。その遺作となったのが奇才テリー・ギリアムの新作である本作。
ヒース・レジャーの命日の翌日に公開というのは、日本の配給会社も粋な計らいをするものですねぇ(偶然だったのかもしれませんが)。

撮影の途中でヒース・レジャーが亡くなったということで、映画は完成を危ぶまれてしまう、っていうか、テリー・ギリアムって、何かとこういう憂き目に遭う人ですが、今回の場合はヒースの登場部分はすべて撮影済みだったとのこと。

脚本もまったく変更することもなかった、っていうことですが、ホンマかいな? 
しかも、ジョニー・デップ、コリン・ファレル、ジュード・ロウの三人が彼の役を演じることで、映画も無事完成ったって、いくらなんでもそれは無理があるでしょ~よ、と思いましたが、本編を観ればそれも納得。

本作における彼の役柄はかなりユニークであり、最初からこういう脚本だったというのも納得できる内容になっています。

ドクターパルナサスノカガミ5
時は現代。
ロンドンの街角に、何世紀も前の時代からやってきたかのような、大きな馬車を改造した古めかしい舞台がしつらえられ、そこでは奇妙な出し物が。
舞台の上には鏡がひとつ。その鏡は人間の持つ欲望を映し出すという。

多くの見物客は、そんな胡散臭い見世物に興味を持たないけれど、冷やかしで鏡を覗き込んだ者は、摩訶不思議な世界に入り込んでしまい、そこで己の欲望に打ち勝てるか選択を迫られる。
そして、それに屈するととんでもない目に遭ってしまう(そこはぜひ本編をご覧いただきたい)のであった。

さて、その怪しげな見世物を披露する一座の座長は1000歳を超えるという老人パルナサス博士(クリストファー・プラマー。トラップ大佐の成れの果て)。
彼を筆頭に、博士の娘でもうすぐ16歳になる美しいヴァレンティナ(リリー・コール。むちゃくちゃカワイイ!)、ちょいとおつむの弱い青年アントン(アンドリュー・ガーフィールド)、博士の長年の友人であるこびとのパーシー(ヴァーン・トロイヤー。あのミニー・ミー!)の4人からなるその一座は、そんな怪しげな見世物で各地を転々としていた。

飲んだくれのパルナサス博士に、ことあるごとに嫌味をいうパーシー。
ヴァレンティナはこんな生活から早く抜け出したいと願っており、彼女に気のあるアントンも一緒にここを出ようと言うものの、なかなかいい方法が見つからない。
じつはパルナサス博士は、かつて修行を積んだ末に不老不死の力を得るほどの高僧だったが、Mr.ニックと名乗る悪魔(トム・ウェイツ。残念ながら本作では唄う場面なし!)との間にある約束を交わしていたのだった。

ある一人の女性を愛したがために若さと死をMr.ニックからもらったパルナサス博士は、その見返りとして愛の結晶であるヴァレンティナを彼女が16歳になったらMr.ニックに引き渡すというのがその約束だったのである。
博士が飲んだくれになっているのも、間もなくヴァレンティナが16歳を迎えるということで、愛する娘を悪魔に引き渡さねばならないことが耐えられなかったから。

さて、そんなある日、一向は橋で首を吊っている男トニー(ヒース・レジャー)を助けるハメに。
記憶を失ったそのトニーという男も、一座と行動を共にしますが、彼にはある秘密が・・・。

そうこうしているうちに、彼らの前に姿を現すMr.ニック。
しかし彼はパルナサス博士にある賭けを持ちかる。
その賭けに勝てば、ヴァレンティナは渡さなくて良いというのである。
さて、その賭けとは?
ヴァレンティナの運命は?
トニーという男の正体は? ってなお話。

ドクターパルナサスノカガミ3
まず、現代のロンドンの街並みと大道芸という組み合わせが、個人的にもツボにはまってしまったシチュエーションで、それだけあれば特にSFXなんて要らないよ、って思うくらいああいう個人的に雰囲気は大好きなんですよ。
そのうえで、本作に登場する人間の欲望を映し出す鏡というのがじつにユニークで、一歩そこに踏み込むとめくるめくファンタジーの世界が展開されます。

テリー・ギリアム独特のシュールかつシニカルかつユニークなその映像美には、好き嫌いが別れるでしょうがとにかく圧倒されること間違いなし。
SFXも素晴らしいうえにそこに確固とした作家性が備わっているところは、彼の最高傑作だと思う『未来世紀ブラジル』(85)に匹敵するクオリティ。
痛烈な権力(警察やらマスコミやら)批判も忘れずに盛り込んでいるところも、やっぱりギリアムだよなぁ、と思いましたねぇ。

ドクターパルナサスノカガミ2
で、ヒース・レジャー演じるトニーを計4人の俳優が演じるというのは、その鏡の中に入るとその時々によって顔が変わってしまうというシチュエーションゆえ。
つまり、現実世界でのトニーはヒース・レジャーなのですが、劇中では3回鏡の世界に入ることになり、その都度ジョニー・デップ、コリン・ファレル、ジュード・ロウに顔が変わってしまうというわけ(それぞれに性格づけも違う)。
最初に書いたように、ヒース・レジャーが亡くなる前から脚本をまったく変えていないというのは、もともとそういう設定だったわけで、いや、実際のところそれはちょっと無理があるだろう、とは思わなくもなかったのですが、それでも納得させてしまうだけの力技っていうのがこ映画にはある。
そして、その力技というのが、テリー・ギリアムでしか表現できないオリジナリティあふれる映像世界なんです。


かなり寓話に満ちた本作ですから、いろいろ深読みしようと思えば、それこそ鏡の世界から抜け出せなくなってしまうような魔力が備わった本作。
なので、そこからくる多少の判り辛さがあるのは否めません。
そもそもパルナサス博士ってのは何なんだ? とか、
なんで悪魔はあんなダンディーな格好をしてるんだ? とか、
ひょっとして、パルナサス博士と悪魔は同一人物じゃないのかなどなど、明確な答えを出さないままのシチュエーションもいっぱいあります。
それ以上に、細かいシチュエーションやネタもかなり多く散りばめられていて、一度観ただけではなかなか映画の本質を理解するのは難しいかもしれません。
あのトニーの笛は、映画の中で特殊な使われ方をしているけど、あれにも深い意味があるんじゃないか、とか、
それこそ考え出したらキリがないくらい情報量が多すぎるんですよ、この映画。

ドクターパルナサスノカガミ4
ゆえに本作を理解するには、あと2~3回観なくちゃいけないかもしれない。
でも、あと2~3回観ても楽しめるだろうなぁ、と思わせる僕にとってはけっこうお気に入りの映画になっていたのは嬉しかったです。

もっともこれが、ヒース・レジャーの遺作として、彼の供養になったかどうかは別ですが・・・。

(MOVIX橿原にて鑑賞)

【採点:100点中75点】












※これを最初に観た時(大阪は梅田のOS劇場にて)は、とにかく衝撃的だったなぁ・・・。
まごうことなき、テリー・ギリアムの傑作!



※これもけっこう好き!
ところで、マデリーン・ストウって最近見かけないけど、どうしておられるのか?







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