■『アバター』:2D版■(映画) 


アバター
異文化同士の出会いと衝突というテーマは、これまでもエンターテインメントの世界でも取り上げられてきたものであって、映画においても『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(90)『ラスト・サムライ』(03)といった秀作があるのはご存知のとおり。
残念ながら、日本ではなかなかそういう作品はお目にかかれません。史実としてはたくさんあるのに、なぜ描かれないのかは、いろいろ理由はあるんだろうけどそれはまた別の話(アイヌのシャクシャインの戦いであるとか、土蜘蛛や酒呑童子の物語もそれに当たる)。

さて、『タイタニック』(97)で、ジャンルファン以外にもその名前を全世界にとどろかせたジェームズ・キャメロン。
以後、新作をまったく撮らないのは「映画監督に興味が失せたのかな?」とも思ったりもしましたが、ようやく12年ぶりに新作が完成いたしました。それが本作『アバター』なわけで、それくらいブランクがあるものですから正直なところ映画の出来としては「どうなんだろう?」という危惧を抱いておりました。
もっとも、監督をしてないとはいえ、あれこれプロデュースなどもやってましたから、映像に対する興味は失せてなかったのでしょうけど、その12年ものブランクがあったのは、ひとえに本作を撮らんがための技術革新を待っていたからだったんですねぇ。

ご存知のように本作は3D上映というのがひとつのウリになっておりまして、一部では「3D革命」とまで謳われております。僕自身最近の3D作品は何本か観ておりますが、そこまで持ち上げるからにはさらにその先を行くものになっているのか! という興味はありつつも、思うところがあった(それについては『アバター』3D版鑑賞レビューにて)のと、時間の関係上、まずは従来の上映方式である2D版を鑑賞いたしました。

アバター2
内容は、さきにも挙げた『ダンス・ウィズ・ウルブズ』、『ラスト・サムライ』、さらには『ポカホンタス』(95)、もっといえば『ミッション』(03)といった作品のあらゆる要素を盛り込み、それをSFというカラーでコーティングしたような内容。

植民地として侵出した先の住民との小競り合いのなかで、主人公は住民の娘(父はその地のリーダー)と出会い、恋におちる。
しかし、娘には許婚がおりまして、彼は次期リーダー候補。
てなわけで、娘の許婚は主人公にことあるごとに突っかかる。
でも、そうこうしているうちに主人公は住民たちの絶大な信頼を勝ち取る。
が、もともと主人公は住民たちと敵対する立場。しかも、主人公側は実力行使で住民を追い払おうとする。
さぁ、どっちつかずな状況に追い込まれた主人公・・・。
はたして、自分の立場を全うするのか、住民側につくのかその判断や如何に? というお話。

これ、べつにSFじゃなくったって、地球規模、いや日本、いやいや、自分の住んでる街の規模でも起こりうるお話なわけで、ここに監督したジェームズ・キャメロンの過去の作品である『エイリアン2』(86)における軍隊や兵器、そして企業の利権といった要素、あるいは『アビス』(89)における異星人との邂逅、そして『タイタニック』におけるロマンス(それは多少こじつけかもしれませんが・笑)を加えるという、いわばキャメロンの集大成ともいえる作品になっているのです。
タイトルにある「アバター」というインターネットの世界における用語とそれを具体的に物語に組み込んだ部分でのオリジナリティはあるものの、そもそものストーリー自体の新鮮さは先にも挙げたように正直なところ薄いといわざるを得ない。
さらにいえば、本作のクライマックスにおける、ハイテクとローテクの戦いなどは、『スターウォーズ ジェダイの帰還』(83)での「エンドアの戦い」ですでに行われているもので、それを臆面も無く堂々と描くところも、観ていてちょいと複雑な心境になったものです。

アバター3
ただ、かように本作は「どこかで観たような」内容でありながらも、観ているうちにそんなものは重箱の隅を突くような些細なことであり(散々書いておきながら・・・笑)、本作には他の作品の追随を許さない確固としたものがあるのです。
それはジェームズ・キャメロンという映像作家の魅力という、じつに曖昧な表現しか出来ないのですが、映像のそこかしこから滲み出してくる独自の味わいっていうのでしょうか、それがたまらなくいいんです!!


たとえば、すべて想像のうえで作り上げられた惑星パンドラの世界と、そこに住む先住民ナヴィの緻密に作り上げられた習慣や風俗、そして登場人物それぞれにドラマを持たせた秀逸な脚本、2時間40分というちょいと長めな上映時間をまったく感じさせないストーリー展開にはことごとく魅了されたばかりか、クライマックスの盛り上がりには思わず感涙するほどの興奮と感動をおぼえるほど。
12年間でその監督としての腕を懸念していましたが、まったくの杞憂に終るほどの秀作に仕上っていたのは、なんとも喜ばしいかぎりでした。
考えてみれば、過去の自作の要素を盛り込むというのは、言い換えればそれこそキャメロンのオリジナリティなのであって、そのうえで人類不変の物語(まぁ、本作は人類ったって異星人なわけですけど)を語るというのは、それこそ本作『アバター』の魅力なんですよね。


本作に登場するナヴィという惑星パンドラの原住民。
外見こそ猫目小僧を引き伸ばしたような半獣人みたいな風貌(尻尾付き)で、青い肌を持っているのですが、どことなくアフリカの原住民やインディオを思わせる狩猟民族というコンセプトや、彼らが儀式を行う場面ではまんまバリ島のケチャじゃないか、というように、たとえ異性人とはいえ大きく我々の想像から離れない設定なのは、ご都合主義な部分もあるかもしれませんが、それゆえに観るものの共感を得るという意味ではこれでよかったと思います。

余談ですが、この星に棲息する哺乳類(地球でいうところの)のような動物は、ことごとく4つの目を持っているのに、なぜかナヴィは地球人と同じく2つの目というのも、いくらなんでもそういう風貌の相手にロマンスが生じるというのも、そりゃあ抵抗がありますわな(いや、そいう抵抗を超えた愛に踏み込んでくれていたら、本作には満点をつけたのに!・笑)。
でも、パンドラに棲息する動植物のみならず、大地とまで「魂の交信」ができるというナヴィの姿には、先にも書いたように人類不変のテーマであり、ともすれば忘れがちになる我々への教訓でもあるのです。
本作には22世紀の地球は一切登場せず、登場人物のセリフで「自然を破壊して荒廃した地球」と語られるのみですが、自然を破壊してしまった地球人と、ことごとく自然に溶け込もうとするナヴィとの対比は、これはじつにユニークかつシニカル。
本作のテーマは単に異文化同士の出会いだけに留まらず、もっともっと深遠なものがあることを実感しました。

アバター4
主人公ジェイク・サリーを演じるサム・ワーシントンは、夏に公開された『ターミネーター4』、そして来年の『タイタンの戦い』と、主演作が相次いで作られるほどの注目株。
本作ではパフォーマンス・キャプチャーによって、半分以上素顔が出ませんが、たとえば下半身不随な身体だったのが、本作に登場する惑星パンドラの住民ナヴィの身体を得て、おかげで自由に身体が動かせるようになり、高揚した主人公の心境など見事な演技を披露していました。
方や、ヒロインであるナヴィの娘ネイティリを演じたゾーイ・ザルダナなんて、最初から最後まで素顔が出ない(そういう俳優は他にもいっぱい! ウェス・ステュディCCH・パウンダーもそう)ながらも、ナヴィという異星人の身のこなし方など、いわゆる身体で演技を要求される本作のキャラクターを見事に演じきっていました。
他にもナヴィと友好関係を結ぼうとする科学者を演じたシガーニー・ウィーバーも、本作の敵役であるマイルズ大佐を演じたスティーブン・ラング、そして男気臭プンプンな女性パイロットを演じたミシェル・ロドリゲス等々、キャスティングの妙も功をなしており、本作が単に最新技術のSFXだけがウリではない、映画としてのセンスのよさが漂う秀作に仕上っていました。


また、民族音楽風な旋律をを随所に配し、さらに本作で創造されたナヴィの言語によるコーラスを取り入れた、ジェームズ・ホーナーのスコアもじつに素晴らしく、これだけのキャスティング、スタッフが集結するのをみても、ジェームズ・キャメロンという人物のバイタリティというものを感じずにはおれません。
(というレビューを書いた直後に、サインを求めるファンに暴言を吐いて追っ払ったというニュースが舞いこんできましたが・・・)

かように2D上映であっても、興奮と感動を味わった本作ですから、やっぱり3Dバージョンでも観たいなぁ、というのは本作を観終わって素直に感じた印象であり、2時間40分の作品を2回観るのはけっこうスタミナが必要ではありますが、それでも観たい! と思わせるだけのものが本作にはあったということです。
(3D版鑑賞のレビューはまた後ほど)


(MOVIX橿原にて「2D字幕版」を鑑賞)

【採点:100点中85点】




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