ビンさんの銀幕音楽堂・第772回(2016年12月10日放送分) 



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【放送日:2016年12月10日(土)PM9:00オンエア】
【再放送:2016年12月14日(水)PM6:00オンエア】

・特別企画:2016年度ビンさんが選ぶ、肌に合わなかった映画ベスト10

※ランキングのアップは、10日のオンエア後に行います。

以上のラインナップでお送りいたします。



奈良のコミュニティFM、FMハイホー(81.4MHz http://www.fm814.co.jp/)にて、お送りしております1時間の「映画音楽専門番組」です。

放送日:毎週土曜日 PM 9時~10時
再放送日:毎週水曜日 PM 6時~7時 (土曜日放送分の再放送です)

2016年1月1日よりサイマル・ラジオがスタートしました。
ご自宅のPC、スマートフォンでもお聴きいただけます。
上記、サイト内のバナーをクリックしてください。



今回は年末恒例(笑)、その年に観た映画の中から、肌に合わなかった映画ベスト10を取り上げます。

ひらたく世間一般的に言えば、ワースト作品ということになるのでしょうが、誰も最初からワーストな映画を作ろうと思っているわけじゃない。
その作品を観た時の対象、心情、等々が大きく印象として関わってくると僕は常々思うわけでありまして、ゆえに肌に合わなかった映画、という表現をしているのです、というのは毎年書いてることですね(笑)

2016年度は2015年12月観た『007 スペクター』に始まり、2016年11月末に観た『疾風ロンド』まで、合計129本の映画を劇場で観ました。
その中からのえりすぐりの肌に合わなった映画(笑)10作品です。

じつは本年度はあまり肌に合わなかった映画には、直面しなかったんですよね。
ただし、上位3作品はほんとに観終わった後に腹が立って仕方がなかった作品で(笑)、それ以外は決して悪かったというわけじゃなく、むしろそれぞれに楽しめた、そして印象に残った作品がほとんどです。

ただ、あそこをああすれば、もっとよかったのになぁ・・・という、いわば残念賞的な捉え方の肌に合わなかった作品、と本年度の場合は言えるのかもしれません。

ところで、今回の収録は相当に時間を費やしました。
というのも、挙げた10作品にそれぞれあ~だこ~だ言ってると、優に1時間を超えてしまい、だいたい1時間30分くらいの長さになってしまいました。
音楽やジングルを抜いてそんな状態ですから、それを音楽等々を込みで58分程度に編集しなかればならない。
これはほんとに大変でした。
実際オンエアされる内容は、かなりのMCをはしょった形になっています。
なので、お聴きいただくと、こいつはいったい何を言いたいんだろうか? という部分も多々あるかもしれません。

それを補う意味でも、オンエア後には、10作品について番組以上に詳しく触れてみようと思います。

とにかく、年に一度の毒を吐く1時間(いつも毒を吐いてないといえば、そうでもないのですが・・・)、付き合ってやろうという奇特な方、そして、ご用とお急ぎでなければどうぞお聴きあれ♪

ちなみに写真は、肌に合わなかった映画ベスト10のテーマ曲として、何年も使っています『アマゾンの腹裂き族』(77)のサントラCDでござんす。

※ってなわけで、オンエアが終わりましたので、こちらでもアップいたします!!

【第10位】 『シン・ゴジラ』
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いやぁ、これは面白かった!!
なにより子供に媚びない「大人の映画」に仕上がっていたのが◎!!
情報量も膨大だったので、1回の鑑賞では収集できないんじゃないか、ということで、公開中にできればもう一度、劇場で観たいと思っていた作品だった。

ただ、引っかかったのは音楽面のこと・・・。
まず、オリジナル・スコアを担当した鷺巣詩郎氏は本作のために伊福部昭氏のスコアの再演奏を行ったが、庵野監督に却下され、結局はオリジナル音源(時代が時代なので、一部モノラルのものも)を使用することになった。

これを聞けば鷺巣氏は横暴な庵野監督の被害者である。
しかし、それ以上に引っかかったのは鷺巣氏が『エヴァンゲリヲン』で鳴らしたスコアを、本作に持ち込んだことだ。
いや、監督が同じなのだから、ある種のパロディ的な使い方、というのも理解できる。
が、問題なのは、持ち込んだスコアが、かのジョン・バリーによる「007」そっくりなスコアだったこと。

しかも、本作では1度ならず2度、3度、鳴らすたびにアレンジが派手になっていくという、ある種確信犯的な使い方に、聴いているこちらとしては1度だけでも癪に障るっていうのに・・・あとは推して知るべしである。

かねてより岡本喜八監督へのリスぺクトを公言している庵野監督と比べれば、ジョン・バリーに対するリスペクトを、僕の知る限りでは発していない鷺巣氏の態度に抵抗感を抱いていただけに、

「え~~~よりによって、あれをまたやらかすのかよ~~~」

ってなもので。
ほんと、あのスコアさえなければ・・・。

いっそのこと、鷺巣氏のオリジナル・スコアは全面廃止して、はなっから伊福部サウンドだけで固めりゃよかったんだ。

・番組使用BGM:『シン・ゴジラ』音楽集より「ゴジラ」タイトル(co:伊福部昭)
・オンエア曲『シン・ゴジラ』音楽集より「作戦準備」(co:鷺巣詩郎)



【第9位】 『手紙は憶えている』
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名優クリストファー・プラマーが、第二次大戦中にアウシュビッツで家族を殺され、いまや余生を養護ホームで暮らす老ユダヤ人を好演。
ある日、当時の憎きナチス党員がいまも生きていることを養護ホーム仲間(マーティン・ランドー)から教えられ、それならば! と復讐の旅に出るという、アトム・エゴヤン監督によるサスペンス映画。

老いてなお輝きを増すプラマーの演技に魅了された映画で、マーティン・ランドー、ユルゲン・プロフノフ、そしてブルーノ・ガンツと渋い俳優陣のアンサンブルでじつに見応えのある作品だった。

しかし、この映画、何がいけなかったといえば、日本の配給会社である。
というのも、本作の宣伝媒体に、「衝撃のラスト」という文字をあちこちに掲げたこと。
あのねぇ、そんなことをバンバン書かれると、観る前にあれこれ考えてしまうではないか。

本作の場合、まず日本未公開の段階で、けっこう評価が高いことを知り、極力前情報無しで臨んだのだが、悪いことに観に行った先の劇場貼りのポスターの惹句が目に入ってしまったのだ。
結局、本作の結末は僕が予想していたこととほぼ同じで、本来「衝撃のラスト」に衝撃を受ける部分に対し、相当に冷めた想いでスクリーンと対峙するにいたったのである。

とにかく、頼むから日本の配給会社の方々には「頭を使って」いただきたい。

そりゃあ、「衝撃のラスト」が待ち構えていたら、それを惹句に使いたい気持ちもわからなくはない。
が、たとえば本作なんかだと、「主人公が復讐の果てに見たものは・・・?」くらいの表現であれば、どのようにも取れるではないか。
この例が適切かどうかは、配給会社の宣伝部に方々には釈迦に説法だろうが、要は観客の楽しみを奪わないでいただきたい、ということだ。

これと同じようなパターンでは、エミリー・ブラントが主演した『ガール・オン・ザ・トレイン』でも、配給会社がやらかしてしまっている。
再度言う、「もっと頭を使って」、「観客の楽しみを奪わないでほしい」。
切にお願いするものである。

・番組使用BGM:『手紙は憶えている』ostより「Tell Them Who You Are」(co:マイケル・ダンナ)



【第8位】 『ヘイトフル・エイト』
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もともとタランティーノは好きだし、新作完成のニュースが伝わってくれば、早く劇場で観たいというはやる気持ちが抑えられない。

もちろん、今回も大いに楽しませてもらったし、逆に言えばいつもながらのタランティーノの映画やなぁ、という印象も。
なにより嬉しかったのは、エンニオ・モリコーネにオスカーをもたらした作品という意味では、これは諸手を挙げて称賛したいところだ。

しかし、それゆえ苦言も強くなる。

まず、本作をタランティーノはウルトラパナビジョン70という、往年の大作で用いられた方式でフィルム撮影を行った。
そして、いまやデジタル上映がほとんどである中で、アメリカの一部の劇場でのみ、そのウルトラパナビジョン70の効果が生かされるフィルム上映を行ったのである。

それは一般公開版よりも上映時間が長く、しかも画面の構図もかなり違ってくるというものらしい。
・・・らしい、というのは実際に自分の目で確かめることができないからだ。

いや、たとえばブルーレイをリリースする際に、無論、画面は極端に小さくなるけれど、特典映像のような形で収録できなかったのだろうか?
それもやっていない、ということはタランティーノは極私的なプライヴェートムービーを撮ったということになるが、それを映画ファンに還元しないところに、タランティーノの「いやらしい部分」が露呈したんじゃないか、と思ったわけで。

「お前らが観るのは、不完全版で十分。ホンモノは指定した劇場で自分のためだけに観れたらそれでええんや」

とでもいいたげな(ほんとに言ってるかどうかはともかく)、タランティーノの姿勢に観終わって無性に腹が立った。

さらに言えば、いくら不完全版とはいえ、それを上映する日本のシネコンも、たとえば一番大きなキャパのシアターに本作を充てるという、気骨のあるシネコンが少なくとも奈良県内にはひとつもなかったのが、至極残念・・・。

僕が観た某シネコンでは、相当にキャパの少ないシアターで、まるで箱庭を観ているようだった。

・番組使用BGM:『ヘイトフル・エイト』ostより「レッドロックへの最後の駅馬車」(co:エンニオ・モリコーネ)



【第7位】 『FAKE』
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オウム真理教の関係者を追った『A』といった、ユニークなドキュメンタリー作品で知られる森達也監督が、本作の被写体に選んだのは、かの佐村河内守氏である。

佐村河内氏については、天才作曲家とあちこちのメディアで持ち上げられながらも、ひとたび「ゴーストライター騒動」が巷を席巻すると、一斉に攻撃の矢が放たれたのはご存知の通り。
僕も『桜、ふたたびの加奈子』(13)の音楽を氏が担当するということで、映画用のスコアが収録されたCDを当時買った。
あれも本当に作曲したのは誰なのか、いまではわからない(新垣某なのか?)。
言うなれば、僕も詐欺に遭った一人といえるのかもしれない。

この『FAKE』は、騒動のあと、隠者のごとき生活を送る佐村河内氏の住むマンションに森監督が足しげく通い、あの騒動は何だったのか? 本当に耳が聞こえないのか? というさまざまな疑問を氏に投げつけながら、明らかにしていくという内容だ。

ただ、ことの真相については、観る者に判断を仰ぐ形になっており、明確な回答は用意されていない。
しかし、本作を観ることで佐村川内氏に対する印象が少し変わった(それは、新垣氏に対してもまた同じである)のは事実であり、そういう意味でも見応えのあるドキュメンタリー映画としてもじつに稀有な作品だった。
特に、世間の矢面に立たされた佐村川内氏を、ずっと見守り続けている佐村河内夫人の姿に、深い感動を覚えたのも、また本作の持つ素晴らしい面だった。

本作に対する苦言は、ただ一つ。
映画のラスト数分、森監督の提案で佐村河内氏が作曲をするという下りがある。
そこで氏が実に素晴らしい音楽を披露してくれるのだが、なぜそれをCD化してくれないのか? ということ。

「ゴーストライター騒動」の中、本作の観客は「本当」に佐村河内氏が作曲する過程を目の当たりにするのである。
そこに疑惑の余地はない。
作曲家として真剣勝負をした結果のあれだけの音楽を、この映画を観ることでしか鑑賞できないのは、じつに残念である。
たとえば、森監督の提案だったのだから、監督の自主製作盤のような形で、映画公開時期だけでも劇場で販売すればよかったのに、と思う。
それがどれくらいの収益になるかはわからないが、騒動の後、仕事がなくなった(それがたとえ自分が蒔いた種であっても)佐村河内氏の生活費の足しになったのではないか、と思う。
結果的に世間を欺いたことになった氏の行動は、限りなくダークだが、本作を観て彼の手腕を目の当たりにした僕は、あの音楽に代金を払ってもいいと思った。
それができないのが、至極残念だった。



【第6位】 『少女椿』
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異色の漫画家、丸尾末広の代表作をまさかの実写映画化。
個人的にはレトロ趣味でもあるので、丸尾末広作品は本作を含め、ほとんどの作品を読んでいたが、過激な内容もあって実写映画化はなかなか難しいだろうと思っていたが、TRICO監督はほぼ原作通りの映画化に成功したといえる。

今年は『少女椿』とともに、カルト劇画の代名詞でもある『ライチ光クラブ』も実写映画化され、こちらもそれなりに見応えのある作品に仕上がっていたのは嬉しいところ。

『少女椿』に話を戻せば、見世物小屋の座長役にかの中谷彰宏、本作の影の主役であるワンダー正光役に、まさかの風間俊介を配するなど、ユニークなキャスティングも面白かった(特に後者なんて、同姓同名の別人かと思ったら、ほんとに風間俊介だったのには驚いた)が、主役のみどりを演じた中村里砂(両親は中村雅俊、五十嵐淳子である)に魅力がいまひとつ欠けていたのが残念なところ。

本作に対しては、全編を極彩色で描いたところに強い違和感を抱いた。
物語の時代設定は劇中に「稲垣浩」の名前が出るので、戦前の頃を設定していると思われる。
原作のイメージは全編モノクロか、せめてセピア色の印象だ。
しかし、本作では徹底しての極彩色を用いており、それによって平成のこの時代に作っていることがバレバレな気がして、興ざめしてしまったのだった。

しかし、監督と丸尾末広氏の対談記事を読めば、丸尾氏はこの極彩色をいたく気に入られた様子。
たしかに、昔の時代だからといって、すべてがモノクロであることのほうがナンセンスで、監督のリサーチによれば戦前の服装や雑貨は予想以上にカラフルなものが多く、それを映画に生かしたということだった。

なるほど、納得である。
それにはまったく反論の余地はない。
そこで思い出したのが、蜷川実花監督の『さくらん』。
江戸時代の花魁の姿を描いた作品だったが、観た当時はあまりにカラフルすぎて違和感を抱いたものだ。
でも、考えてみれば実際に当時は本当にあのようにカラフルだったのかもしれない。
これは僕の偏ったイメージが、頑固に根強くあるがゆえの違和感なのであり、これこそが僕がいう「肌に合わない映画」なんだなと、あらためて実感した次第。

・オンエア曲「あの子のジンタ」(vo:チャラン・ポ・ランタン)


【第5位】 『ピンクとグレー』
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なんでもジャニーズには、歌やダンスだけでなく、小説を書く才人もおられるようで。
加藤シゲアキなる人物が、どんな顔してるのか、どこのグループにいるのか、まったく知らないんだけれど、監督が行定勲ってなことで、そうそう悪い映画にはならないだろう、むしろ、秀作、いや、傑作を観ることになるかも、と密かな期待を抱いていた。

たしかに、面白くないことはない。
でも、それ以上の感銘はあまり受けなかった。
言いたいことはわからないではないが、「それで?」ってな冷めた印象しか残らなかった。

女優でいえば、贔屓の夏帆の役柄が、本作ではちょっと残念だったなぁ・・・。
具体的には書かないけれど、本作を観た方ならば、言いたいことはわかってもらえると思う(笑)

あと、この作品も途中で大どんでん返しがあるわけで、そこは原作にはない映画オリジナルの仕掛けだったんだそうだ。
原作を読んでないのでなんともいえないが、そのどんでん返しがある、という情報は実はTV番組を観ていて知った。
名前は挙げないけれど、某関西圏TV局の女子アナが、言わなくてもいいのに、そんなことを言ったのを聞いてしまったのだ。

ほんとに今年の映画で印象的だったのは、こういうある種ネタバレの憂き目に遭ったこと。
先に述べた『手紙は憶えている』然り、本作然り、前知識まったくゼロで観ていれば、もっと作品に対する評価も違ったものになっていたのかもしれない・・・。

・番組使用BGM:「Right Now」より(co:ASIAN KUNG-FU GENERATION)



【第4位】 『イレブン・ミニッツ』
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ポーランドの重鎮、イエジー・スコリモフスキが撮った異色作。
幾人かの登場人物の身に起こった11分間の出来事がそれぞれに描かれていき、最後はそれらが一つに集約していく。

監督がどういう人物かはともかく、こういうシチュエーションのドラマってけっこう好きなもので、それなりに期待してはいたのだが・・・。

どうやら期待が大き過ぎたようだ。

本作は、梅田のシネ・リーブル梅田で真夏の猛暑の日に観た。
ご存知のようにJR大阪駅から劇場へ行くには、けっこうな距離を歩かねばならない。
汗だくになって、ようやく劇場にたどり着き、観た映画が期待外れだった時の落胆たるや・・・。

そんなこともあって、シネ・リーブル梅田で映画を観る際は、普段よりもハードルが上ってしまうのだ。
だったら、電車で行かず、車で行けばいいじゃないか、というのはまた別の話である(笑)



【第3位】 『残穢 住んではいけない部屋』
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昨年、2週間ほど入院した際、退屈を紛らわせるために弟に買ってきてもらったのが、本作の原作小説だった。
なんでも、読み終わった後の恐怖が凄いとかなんとか、ネットの書評に掲載されていたので、それなら入院も個室だったし、こりゃ恐さ倍増だろうとワクワクしながら読んだのだが、読み終わって得たのは恐怖感ではなく、怒りの方が勝っていたのだった。

いくらフィクションだからといって、いくら自分の作品のためとはいえ、長い年月を経て培ってきた日本人の叡智を、この物語はことごとく無力なものとして描いていることに、強い憤りを感じた。

さらに、作者は親しい人物を実名で登場させるという、内輪受けなシチュエーションも盛り込んで、僕のようないちげんさんの読者(という表現は正しいかどうかはともかく)を受け付けない敷居の高さを感じたのである。

そんな原作の映画化である。
中村義洋監督ということもあり、映画は映画でまた違った切り口で見せてくれるだろう、と思ったのだが・・・。

映画は原作以上に、僕にとってはダメダメな仕上がりで、しかも原作にはない余計なクライマックスシーンには、恐怖よりも思わず失笑が・・・。
ああいうのを蛇足というのだ。

・番組使用BGM:「Strong Fate」(co:和楽器バンド)



【第2位】 『のぞきめ』
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かつてのJホラーブームの時ほどじゃないが、ホラー映画はコンスタントに作られている。
それなりに需要があるのかわからないが、少なくとも商売になると思って作っていると思しきかの秋元某。
じぶんちの子飼いのタレントを主役に据え、せっせとホラー映画をつくってはいるが、たとえば昨年の『劇場霊』のような、主役が誰だったか今じゃすっかり忘れてしまったけれど、説得力のない演技に脱力感100%だったことは憶えている。

で、今年は元え~け~べ~のともちんを主役に据えてのホラー映画。
原作は未読だが、映画とはかなり違った雰囲気のある作品なんだそうで。

民俗学でいうところの、「六部殺し」をテーマにした作品。
「六部殺し」というのは、六部、いわゆるお遍路さんのような巡礼者のことで、そういう六部を家に泊めたはいいけれど、所持している金品に目がくらんだ家の者が、六部を殺して金品を奪ってしまう。
そんな事実を隠し、たとえば旅の人を泊めてあげたところ、その旅の人は仏様の身代わりだったとかなんとかで、泊めた家の者はそのご加護でお金に不自由なく過ごした、という話にすり替えてしまうということ。

本作はその六部殺しの因縁が、ずっと後世にまで伝えわっていて・・・というお話。

まぁ、物語はどうであれ、こういうホラー映画に最も重要なのは、出演者の説得力のある演技だと思う。
人体損壊といった、ビジュアル面でのホラーはインパクトはあるが、心の底からの恐怖を掻き立てるのは、演技力なのだ。

それをここ最近のホラー映画の作り手はわかっていない。
特に秋元某はある種のアイドル映画としかとらえてないようで、そういうところが如実に出たのがこの映画と昨年の『劇場霊』だと思うのだ。

とにかく、ともちんの壊滅的な演技力の下手糞ぶりには、違う意味で恐怖を感じたといえば、言い過ぎだろうか。
とんでもないものを観せられたなぁ・・・それが本作鑑賞後の率直な感想だった。

・番組使用BGM:「HIDE & SEEK」(co:板野友美)



【第1位】 『ファインディング・ドリー』日本語吹き替え版
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ディズニーのアニメ作品の日本語吹き替え版は、もう数年前から劇中に平気で日本語が登場する。
いや、登場するというかタイトルからすでに日本語でスクリーンに映し出されるのだが、あれには未だに慣れない。

たとえディズニーが上映される国の言語で、ということで、吹き替え版(僕にしてみれば、書き換え版と呼びたいくらいだ)が積極的に作られるのは、字幕スーパー版よりも内容が観る者がより理解できるという利点も確かにわからなくはない。
だが、そもそもアメリカで作られた作品である、文字から言語から日本語にしてしまうと、そもそも作品が持っていたアイデンティティーをないがしろにしてしまっているのでないか? と思うのである。

で、今回の映画、やはりタイトルからクレジット、劇中の看板等日本語に書き換わっていた。
まぁ、いつものことなので許容範囲ではあったが、本作ではその後、耳を疑う事態が待ち受けていた。
なんと、セリフの中にまで日本を持ち込んでしまっていたのだ。

本作は、ストーリー自体は決して悪くない。
しかし、セリフに日本を持ち込んだせいで、作品に対する興味は一瞬にして失せてしまった。

これを観た時にも書いたが、腕のいいシェフが腕によりをかけて素晴らしい料理を作り、テーブルまで運んできたはいいが、いざ食べようとしたら、シェフ自らが皿ごとひっくり返してしまった、そんな印象を本作から受けた。

また、奈良県には4つもシネコンがあるにも関わらず、1館とて字幕スーパー版の上映がなかったことも憤りを感じたことである。
日本語吹き替え版の印象がすこぶる悪かったので、大阪まで行って字幕スーパー版を観ようとは思ったが、それさえも失せさせるマイナスのパワーをもった『ファインディング・ドリー』日本語吹き替え版。
観終わった後の気分の悪さ、憤り等々、2016年度ダントツの肌に合わなかった映画だった。

・番組使用BGM:『ファインディング・ドリー』ostより「アンフォゲッタブル」(vo:八代亜紀)





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