■『母と暮せば』■(映画) 







ハハトクラセバ
【公式サイトはコチラ!!】

山田洋次監督作品で原爆を題材にするのは、これが初めてじゃないだろうか。

井上ひさしの戯曲「父と暮せば」は、黒木和雄監督によって映画化されているが、残念ながら未見である。
なので、本作がその対となる作品ということだが、「父と~」が未見なので、詳しいところまで突っ込めないのが正直なところ。


本作は長崎に投下された原爆によって大学生だった息子を亡くした母と、幽霊(便宜上そう表現する)となって母の下へ帰ってきた息子とのペーソスあふれる内容となっている。


この二人のやりとりは、山田監督の持ち味でもあるユーモアを時に絡ませながらも、物語の本質は原爆投下により人間の命を奪うというマクロなネガティヴな部分と、人間が元々持ち合わせているエゴをえぐったミクロなネガティヴな部分を描いている。

そのバランスはあまりいいとは思わなかったけれど(それは後で、音楽のところでも触れてみる)、戦後70年キャンペーンが貼られた2015年の最後に公開された作品としては、まさに作られるべくして作らた作品だったのではないだろうか。


吉永小百合と二宮和成の演技(そこに加藤健一の絶妙な演技も加わって)によって、ある程度ライトな印象があるが、テーマはかなり重い。
とりわけ、吉永小百合演じるヒロインと、息子の婚約者であった黒木華の二人の女性によって描かれるエゴ対決は、監督が違えばかなり痛々しくなるところを、一見そう思わせない演出で描くのは山田監督の真骨頂だ。



ハハトクラセバ
スコア担当は坂本龍一。

山田監督といえば、ここ数作は久石譲がスコアを担当していただけに、この人選は意外だった。
監督と久石譲との間に何かあったのか? と勘繰ってしまいたくなるが、それはともかく・・・。

体調を崩されていて、復帰後第一作となる坂本龍一によるスコアも、山田監督作品に流れると、それはそれでしっくりいくところが、さすが坂本龍一、といったところ。
悲壮感があるわけではないが、親子の愛情を奏でつつ、先にも書いた人間のエゴのようなものも、スコアで表現しているところが見事である。

クライマックスでは広島の原爆に題材をとった、詩人原民喜による作品「鎮魂歌」に、坂本龍一がス音楽をつけて800人もの長崎市民のコーラスによる大合唱が流れる。
これは音楽的にもスペクタクルな場面であり、音楽面という意味からも素晴らしいものなのだが、映画としてはたしてそこまで必要だったのかな、という疑問が残った。

たしかに原爆によって多くの人々の命が奪われたことへのまさに「鎮魂歌」という意味であのようなシーンと音楽になったのだろう。
物語のきっかけも原爆であり、ラストも原爆で命を落とした長崎の人々が登場するというのも理解はできる。
しかし、母子の物語に終始した結末としてのあの演出には、多少面食らってしまったのも事実。

まるで丹波哲郎の『大霊界』の如き、突拍子もないスペクタクル・シーンは、まさか松竹のお家芸(『大霊界』も松竹だった)というわけじゃないだろうが、最後の最後で妙なところで引っかかってしまった点において、本作には残念という印象が強く残ってしまったのである。

【amazon】
【amazon MP-3】


【タワーレコード】

【iTunes】



コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://binsan67.jp/tb.php/493-01727a6f