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■『ゼロの焦点』■ 


ゼロノショウテン09
松本清張生誕100年である今年、あらゆる映画会社が清張作品を映画化するかと思いきや、以外にも東宝一社のみが名乗りを上げたのは、太宰治作品が幾つか作られたことを考えると一抹の寂しさがありますな。
でも、松竹ではすでに日本映画史上に残るような傑作群が、野村芳太郎監督らの手によって作られたわけだし、折に触れTVでもドラマ化されている清張作品。
たとえ生誕100周年とはいえ、あらためて作るまでもないくらいポピュラーな題材であり、そんななかでこれまたポピュラーな「ゼロの焦点」を映画化するとなると、それだけ作り手のプレッシャーというのは相当なものだったとお察しいたします。

ビジュアル的にも華やかにしようというのか、広末涼子、中谷美紀、木村多江と、と現代を代表する女優を挙げなさい、と問われた時にこの3人は確実に入るだろうなぁという意味では、旬の素材を用意いたしました、ぜひご賞味くださりませ、みたいなキャスティングはこれはこれで妥当だったと思います。
昭和36年に作られた野村芳太郎版『ゼロの焦点』でも、当時の人気女優3人(久我美子、高千穂ひずる、有馬稲子)を中心に据えるというキャスティングでしたから、そういう意味でも本作の映画化というのはエンターテインメント作品と考えた場合には格好な題材であり、まして、ヒロインが事件に巻き込まれ、その謎を解明していくのも警官や刑事や探偵ではなくヒロインである、というのは多くの観客が感情移入しやすいわけで。

監督は女性を主人公にした映画を数多く撮っている犬童一心。
本作では脚色も担当されておりまして、あまりにも有名な原作をいかに「犬童版ゼロの焦点」に作り上げたか、というところが大きなポイントとなってきます。

詳しいストーリーはあらためてここでは触れません。
先に挙げた3人の女優が文字通り適材適所であり、個々の女優としてのキャラクターのイメージをまったく逸脱していないところは、意外性を求める向きには物足りないかもしれませんが、観ていてある種の安心感がありますね。
そのほとんどを真知子巻きスタイルで登場する広末涼子は、あらためて見ると平凡な顔をしてるんだなぁ(笑)、と妙な発見がありましたが、昭和30年代初期のどこにでもいそうな女性という役柄としてはピッタリ。
中谷美紀は地方の名士の妻という、どこかハイソなイメージがピッタリだし、クライマックスで感情を爆発させる演技は彼女の真骨頂。
そして、いつ観ても幸薄いイメージのある木村多江(そういえば『沈まぬ太陽』でもそんな役でしたなぁ)は、そのまんまな役と、それぞれに得意なジャンル(といっていいんだろうか?)をのびのびと演じているのが心地好かったですし、それはそのまま監督以下スタッフが原作のイメージを大切にしている表れなんだと思います。


ただし、やはり有名な原作ということで、本作では本作なりの改変部分があるのは、これは当然といえば当然なことで、そこが評価の別れどころ。
キャラクターでいえば、中谷美紀の夫、加賀丈史演じる地方の名士役は、原作とは180度違った性格付けがなされています。
これには違和感を覚えてしまいましたし、本作独自のクライマックスの彼の見せ場も、正直なところ成功したとは思えませんでした。あと、ヒロインの夫が勤める会社の所長(本田博太郎)も、かなりクセのあるキャラになってましたね。
おそらく、このあたりの改変は原作を読んでいない、あるいは過去の映画やドラマを観ていない観客に対する、犯人探しの対象候補という意味での演出だったのでしょう。
クセのある人物をいろいろ登場させて、さて、真犯人は? ということだったんだと思うのですが、再三書くようにこれは効果的ではなかったなぁと思いました。

また、クライマックスの謎解きの場面では、野村芳太郎版ではヤセの断崖を舞台に展開されるので、本作も同じような演出かと思いきや・・・(未見の方もおられるでしょうから、詳細は触れません)。
でもなぁ、立体音響&大画面であれを観たらさぞかし迫力があるだろうなぁ、と期待していただけにそこはちょっと残念でした。
無論、ヤセの断崖は劇中で出てきますけれど。


本作独自の演出としては、本作の根底にあるのが戦後日本の姿というテーマを濃厚に打ち出している部分。
本作は昭和30年代初頭を舞台にしていながらも、開巻早々に映し出されるのは明治神宮外苑で行われた学徒出陣壮行会のあのフィルム。最初、意外な印象を持ちましたがこれが後に物語に深い意味を持ってくるのです。
無論、劇中で描かれる殺人事件の真相に、戦後日本の陰の部分が大きく関わってくるのは原作をご存知の方ならば周知のことでしょうが、本作ではその部分をさらに掘り下げて描いているんですね。

戦争がもたらしたあらゆる悲劇。
そしてそこから心身ともに復興していこうとする人々の姿。
しかし、そのなかでも完全に過去を拭い去ることができない業にしばられもがく人々の悲哀に、スポットライトを当てた本作における脚色は、多少説教くさいなぁと思う部分も無きにしも非ずではありましたが、今回映画化するうえでのオリジナリティという意味では評価できる部分ではないでしょうか。
さらに、ラストショットもこれまた意外に思えたのですが、戦後の日本を乗り越えて平成の世になっても、いや現代においてもなお忘れてはいけないものがある、ということを伝えて幕を降ろしたんだ、ということを考えれば、じつに丁寧に作られた映画だったなぁ、という印象を受けました。

ただ、期待以上でも以下でもなく、という意味では妥当な仕上がりでありそこかくる物足りなさが残ってしまった作品ではありましたが・・・。


上野耕路によるスコアはサスペンスを盛り上げるのはもちろん、曇天と雪に覆われた北陸の地の情景に見事にマッチしたもので、失踪した夫を捜索するヒロインの心情ともども見事に表現した好スコアになっていました。
また、邦画の定番となった主題歌ですが、本作でも例にたがわずエンドクレジットに流れるんですけど、これを唄っているのが中島みゆき。
個人的には大ファンで彼女のオリジナル・ナンバーが流れるのはとっても嬉しいのはやまやまなれど、正直上手く使われていたとは言い難いのがとても残念でした。

エンドクレジットの途中からナンバーが流れ出すのを聴いて「あれ? これじゃ尺が合わないんじゃ・・・」と思ったら、案の定フェイドアウトになってました。
だったら、もっと早いうちからナンバー流せよ! って。
映画自体は悪くはなかったのに、最後の最後でおいおい! ってな感じ。これだったら、最初から中島みゆきを起用せず上野耕路のスコアで最後まで通せばよかったのに・・・。
ソング・ナンバーでいえば、劇中に流れるプラターズの「オンリー・ユー」のほうがずっと効果的でした。

おそらく、本作における中島みゆきの起用は、監督じゃなくプロデューサーあたりの大人の事情だったんだろうなぁ・・・。


ところで、原作にもある名場面でヒロインと夫(西島秀俊)が新婚旅行で一緒にお風呂に入る場面が出てきます。
そこで熱烈な接吻シーンがありまして、夫が「君の唇はマシュマロみたいだね」というセリフがあるのですが、広末涼子、どうみたってマシュマロというよりもアヒルだろ! と突っ込んだのは僕だけではありますまい。

(MOVIX橿原にて鑑賞)

【採点:100点中65点】

※新潮文庫版の原作本。
あっという間に読めますよ。



※ハハハ、こんな商品もあるんですねぇ。
随分前のモノかと思ったら・・・今年かよっ!



※おっ、なにこれ? なにこれ?


※むう・・・。
2006年発売。




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