■『I Love スヌーピー』■(映画) 







アイラヴスヌーピー
【公式サイトはコチラ!!】

知らない人なんて、おそらくいないんじゃないか、世界中の人気者スヌーピーが、3DCGアニメ化!
というか、まだスヌーピーってCGアニメになってなかったんだ、というのが意外だったけど。

スヌーピーといえば、僕が小学生くらいの頃に、NHKでアニメ化されたものが放映されていて、僕も何度か観たことがあった。
チャーリー・ブラウンを谷啓、ルーシーをうつみ宮土理がアフレコしていて、見かけはかわいいキャラなのに、おっちゃん、おばちゃんタレントが吹き替えしてるってのは、なんとも珍妙ではあったけど、御存じのようにスヌーピーが登場する「ピーナッツ」という漫画そのものの内容はかなり哲学的である。

件のキャラたちが、含蓄あるセリフ(それは時には辛辣でもある)を喋るというのを目の当たりにして、幼かった僕にはどうもとっつきづらいなぁ・・・という印象を持ったものだ。
とはいえ、一時期だがスヌーピーの筆箱を持っていたこともあったので、なんだかんだ言っても多くの子供たちと同じく、僕もスヌーピー人気の波には少なからず影響されていたということだ。
どちらかといえば、女子に人気があったそのNHKのアニメ、男子にくらべて女子のほうが精神年齢が高いなんてよく言われるけれど、そんなところにも顕著だったような気がする。

そんな哲学的な「ピーナッツ」も、大人になった今、読み返してみると逐一感じ入ることが多い。
谷川俊太郎氏の翻訳で、大人向けに「よりぬきピーナッツ」みたいな感じで原作漫画が出版されて、多くの方に読まれているのも、この作品が決して子供向けじゃないことを明確にしている。
子供の時に拒否反応を起こしていたものに対しても、大人になってみるとそれが魅力になるものがある。
「ピーナッツ」も僕にとってはその一つなのだ。

今回、この映画を観ようと思ったのは、大人になってから面白いと感じたこの作品に、どっぷり浸かってみようと思ったのと、やっぱりどことなくノスタルジーを感じさせるところに興味を持ったからだ。
おそらく、そういう思いで本作を観た大人たちも多かったことだろう。

まず、最も危惧していた点、それは内容を現代風にアレンジしていないか? ということ。
チャーリー・ブラウンがスマホを持ち、PCを扱うような場面が一つでも出てくると、これは興醒めだなぁ・・・と思っていたが、スタッフは原作のテイストを壊さないようかなり気遣ったのだろう、時代設定を80年代としているところがまず嬉しかった。
スマホどころか携帯すら出てこない。チャーリー・ブラウンは原作通りタイプライターで手紙を書く。
寒い日だからって、部屋にこもってゲームばかりやってるんじゃない。
チャーリー・ブラウンは凧揚げに勤しむし、他の子供たちは氷の張った池でスケートを楽しんでいる。
そういった風景が登場するだけでも素直に感動できた。

映画は細かいエピソードが連なって、一つの物語を構成しているといったスタイル。
もちろん、原作にあるような哲学的なテイストも、含蓄のあるセリフもポンポン飛び出す。
残念だったのは、それらの吹き替えを、谷啓やうつみ宮土理といったおっちゃん、おばちゃんタレントではなく、鈴木福、芦田愛菜、谷花音、小林星蘭といった子役たちが担当していること。
それじゃダメなんだって・・・。

配給会社は本作のターゲットを低年齢層に絞ったんだろうけど、先にも書いたように「ピーナッツ」の世界はかなり大人向けである。
キャラがかわいいから、人気があるから、って、イコール子供向けで括ってしまった配給会社は、作品の本質をまったく判っていない。
実際、本作を観て子供たちは本当に楽しんだのか、大いに疑問が残る。
辛辣なセリフの応酬、妄想の世界に走るスヌーピー、大人(学校の先生)の非人間化(大人のセリフは効果音になっている。それがなぜなのか、子供に理解できるか?)、それらが単にキャラがかわいいからって、子供たちにウケるなんて到底思えない。

どうしても吹き替えせざるを得なかったのであれば、子役じゃなくおっちゃん、おばちゃんタレントを起用したらいいじゃないか。
せめて、夜の遅い回限定でもいいから、そういうバージョンでも観たかったものだ。

ということで、子役たちの吹き替え(決して子役たちそのものが悪いというんじゃなく、本作にはそぐわないということ)を除けば大いに楽しめた。
かつてガキンチョだった大人たちは、最新技術での映像化ではあるけれど、そこかしこに滲み出してくるノスタルジーに浸りつつ、キャラクターが放つセリフ一つ一つを噛みしめて明日への糧にするのもいいだろう。


アイラヴスヌーピー
スコア担当はクリストフ・ベック。

昨年の『アナ雪』でもその手腕を発揮していた作曲家だが、ヴィンス・ガラルティ・トリオによる「ルーシー&ライナス」のようなお馴染みのナンバーがノスタルジックをかきたてるのに対し、現代に蘇った最新技術よる映像が放つ、本作のエンターテインメントな部分を担っているといえる。

特に、第一次大戦中のパイロットに自分を置き換えるという妄想に走るスヌーピーが繰り広げる、スカイ・バトルの場面ではベックの真骨頂ともいえるダイナミックなオーケストレーションを披露している。

メーガン・トレイナーを主題歌に据えているのは、本作が持つテイストに果たして合っていたかは大いに疑問であり、ここに映画製作会社と音楽業界の結託が見えて、あまりいい印象ではない。
さらに、日本語吹替え版になると、絢香が割り込んできて、相変わらず映画の内容と主題歌のアンバランスさが浮きだってきて、ことさら印象はよろしくない。

だから、余計なことはしなくていいのであって、ヴィンス・ガラルティとクリストフ・ベックのスコアだけあれば、それだけで「ピーナッツ」の世界は音楽で表現できるのだ。

なお、サウンドトラックは国内盤のほうが輸入盤よりもスコアが3曲多く収録されている。
ちなみに絢香による日本語版主題歌は未収録。

【amazon】※国内盤
【amazon】※輸入盤
【amazon MP-3】※国内盤
【amazon MP-3】※輸入盤


【タワーレコード】※国内盤
【タワーレコード】※輸入盤


【iTunes】※国内盤
【iTunes】※輸入盤



コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://binsan67.jp/tb.php/484-722e2102