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■『マップ・トゥ・ザ・スターズ』■(映画) 







マップトゥザスターズ
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ハリウッド・セレブの一人であるハヴァナ(ジュリアン・ムーア)は、歳を重ねるごとにオファーされる役も少なくなり最近かなり焦り気味。
いろんなコネ(そこには肉体関係も絡む)を使って、なんとか役をもらおうとやっきになっている。
ハヴァナの母(サラ・ガドン)も有名女優だったが、火事がもとで何年も前に亡くなっている。しかし、ことあるごとにハヴァナの前に幽霊となって現われては、彼女をさらにイラつかせるのだ。

一方、ハリウッド・セレブに絶大な支持を得ているカウンセラー、スタッフォード(ジョン・キューザック)は、自宅にセレブを招いては、インチキ臭い施術をしている。ハヴァナも彼の元へ通う患者の一人だった。
スタッフォードの息子ベンジーは、『いけない子守り』なるTVドラマで一躍人気者になった子役で、未成年のうちにセレブの仲間入り。となると、進むのはドラッグ常習への道。
母親のクリスティーナ(オリヴィア・ウィリアムズ)はベンジーのマネージャー的存在で、彼女と夫スタッフォードは、たとえ息子のドラッグ常習が表沙汰になっても、揉み消すくらいの力をハリウッドでは持っていた。

そんな欲の権化のようなセレブが跳梁跋扈(登場する幽霊のほうが、生身の人間よりもピュアだったりする)するハリウッドに、一人の女性がやってくる。
アガサ(ミア・ワシコウスカ)と名乗る彼女は顔や腕に火傷の跡がある。
たまたまアガサを乗せたリムジンの運転手ジェローム(ロバート・パティンソン)は、どこか不思議な魅力のある彼女に魅せられていく。


ハリウッドの内幕ものといえば、『サンセット大通り』(50)が有名だが、個人的に敬愛するデイヴィッド・リンチも傑作『マルホランド・ドライブ』(01)を撮っている。
ただ、前者は実在のハリウッド・セレブが実名、あるいは本人の役で登場する、まさに内幕ものだったが、後者はハリウッドに憧れたヒロインが、挫折の末自らの命を絶つその刹那を描いたもので、内幕ものという括りでは、両者には大きな格差があるように思う。

同じデイヴィッドでもこちらはクローネンバーグ。
その最新作はどちらかといえば『サンセット大通り』の流れを汲む内容だった。


本作は、実際にハリウッドでリムジンの運転手をしていた人物(劇中のジェロームにそのキャラが反映されている)の手記をクローネンバーグが映画化したもの。
登場人物はあくまでも創作だが、そこに実在のセレブのエピソードもいろいろと盛り込まれていることは明らか。
わかりやすいところでは、ベンジーなどはマコーレー・カルキン(劇中の『いけない子守り』なる作品は彼が出演した『危険な遊び』(93)を連想させる)や、ドリュー・バリモアあたりをモデルとしているのだろう。

さて、この物語に登場するアガサとはいったい何者なのか?
物語上、具体的な「秘密」を持ち、それがドラマティックな展開につながっていくわけだが、それとは別に彼女の存在自体がじつに興味深かった。
アガサはツイッター仲間のキャリー・フィッシャー(キャリー・フィッシャー本人が演じている)を通じて、ハヴァナの個人秘書となる。
一方、彼女はスタッフォード一家に対しても、大きな影響を与えていくのだが、ここで話は大きく反れる。

俗に「この世」を司る四大元素といえば「火・水・土・気」。
本作の舞台となるハリウッドは、「映画」を生み出す場所であり、「映画」は人間の姿の縮図、つまり「この世」の縮図ともいえる。
映画=人間の姿=この世、と捉えたとき、本作には四大元素を示唆するシチュエーションが登場する。
まず、「火」と「水」。
ハヴァナの母が亡くなった原因は火事。
アガサは体のあちこちに火傷を負っている。
ハヴァナの母が幽霊となって現れるのは風呂やプール。
また、ベンジーのファンだった重病の少女。彼女を見舞うことで世間から好評化を得ようとしたベンジーだったが、少女は急逝してしまう。その少女も幽霊となってベンジーの前に現れるが、それはプールサイドで。
さらには、とある登場人物が焼死するエピソードが登場するが、それもまたプールサイドで。などなど。

「土」に関して言えば、アガサはハリウッドの「とある場所」に執着している。
また、ウォーク・オブ・ザ・フェイムにひれ伏す。などなど。

そして、「気」だが、これはこの映画を観ている観客の「視線」だ。
スクリーンの中で繰り広げられるセレブの本質を「のぞき見」する、我々観客の邪な(笑)視線。
映画は観客の視線があってこそ、映画として成り立つ。

そんな「四大元素」を物語に含みつつ、そこで繰り広げられるのはエキセントリックなキャラクターによる饗宴だ。それらは総じて人間の負の要素のメタファーである。

それら登場人物が持つ、人間の欲にまみれた「四大元素」を浄化するのが、ほかでもないアガサなのだ。
彼女の登場によって、ハヴァナもスタッフォード一家も破滅の道をたどることになる。
欲にまみれたがために、夢や希望を産み出す本来あるべき姿を見失ったハリウッドを浄化するために使わされた、天使のような存在。それがアガサなのである。
彼女がいかなる方法で「汚れたハリウッド」を浄化するか、それは実際に映画をご覧いただきたい。

今回、初めてハリウッドで映画を撮ったクローネンバーグが、映画の中に忍ばせた映画の都に対する痛烈な皮肉ともとれる本作。
いや、裏を返せばこれは、彼なりのハリウッドへの憧れをテーマとした、ひとつの愛情表現なのかもしれない。

とにかく、驚くべきはジュリアン・ムーアだ。
本作では、ヌード、3Pはもとより、トイレでの排便シーン(放屁までも!)まで披露している。それでなくても、リスキーな役柄であるのに、それらをこなすその女優魂には平伏さずにおれない。
想像するに、同世代のニコール・キッドマンが『ペーパーボーイ 真夏の引力』(12)で豪快な放尿シーンを披露して話題になったが、「あっちがそれなら、こっちはこうよ!」(そういえば『ペーパーボーイ~』にもジョン・キューザックが出演していたなぁ・・・)、ということだったのだろうか(多分、違うと思うけど)。
クローネンバーグ自身、本拠地はカナダなのでいくらハリウッドの内幕ものを作って、これはけしからん!! てなことで、たとえばハリウッドから追放されたって屁の河童なわけだが、ジュリアン・ムーアや、他のアメリカ人俳優は、そこが本拠地なのだ。
それでもなお、本作の意図するものを汲んでリスキーな役に挑戦するジュリアン・ムーアをはじめ俳優たちのプロ意識は賞賛に値する。
ジュリアン・ムーアがカンヌ映画祭にて見事、主演女優賞を勝ち取ったのも、そういうところが評価されたのだろう。

さらに、出る作品ごとに「ヘンな女優」道を歩んでいるミア・ワシコウスカ。
これは確実にいい路線だと思う。彼女はもう、アリスには戻れない(笑)

あと、驚いたのはキャリー・フィッシャー。
かつてのレイア姫も、いまではジャバ・ザ・ハットのような体型に変貌していたのには驚愕した。
年末公開の『スター・ウォーズ ジェダイの覚醒』にもレイア役で出演するそうだが、あれではいろんな意味でダメなんじゃないか(何がどうダメなのかは、ここでは触れないけど)。


じつは『イグジステンス』(99)からクローネンバーグ作品はとんとご無沙汰だった。
その間、興味深いジャンルの作品も幾つか発表していたが、ことごとくミニシアターでの公開ということで、観る機会を逃していた。
じつに16年ぶりのクローネンバーグ作品は、「映画」とそれを産み出す「ハリウッド」に対する、歪んだ愛を描いた、2015年最初に観るには大いに満足のいく仕上がりだったのが嬉しい。



マップトゥザスターズ
スコアはクローネンバーグといえばこの人、ハワード・ショア。
たとえば『LOTR』のような壮大なシンフォニーも書けば、本作のような前衛音楽のようなスコアも書く才人。
今回のスタイルは、全編アンビエントなスタイル。
シンフォニックなものよりも、こういうスタイルを欲したのはクローネンバーグの意図だったそうだ。

それでも、時折ドラマティックな旋律やデジタル・ビートが響くようなスコアも聴くことができる。
かように『LOTR』とはまた違う魅力を引き出しているのは、ショア自身の才能もさることながら、クローネンバーグの采配によるものも大きいのだと思う。

先に「四大元素」のことで、「気」は観客の視線と書いたが、もちろん、映画を彩るスコアもまた「気」の一つであることは言うまでもない。

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