■『バンクーバーの朝日』■(映画) 







バンクーバーノアサヒ
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アメリカにおける日本人移民の苦難を描いた作品といえば、NHK大河ドラマで『山河燃ゆ』(84)や、民放でも橋田壽賀子脚本による『99年の愛』(01)があったし、映画では新藤兼人監督による『地平線』(84)もあった(なぜかいまだにDVD化はおろか、ビデオソフト化もされていないけど)。
また、アラン・パーカー監督による『愛と哀しみの旅路』(90)も同じジャンルだった。

アメリカではないが一攫千金を夢見て、カナダのバンクーバーへ渡った日本人の姿を描いた本作も、ジャンルとしては共通している。

バンクーバーに渡った日本人は、実際には一攫千金どころか、その大多数はけっして裕福とはいえない生活を強いられ、白人からは迫害を受け(というか、そもそも白人社会の仕事を横取りした形となった日本人に対して反感を抱くのは至極当たり前なわけだけれども)ることとなった。
そんな移民の人々の希望の灯りとなったのが、若者たちで結成された野球チーム「バンクーバー朝日」だった。
映画はチームのメンバーの姿を通じて、当時のバンクーバーで暮らす日本人たちの姿を描いた歴史ドラマとなっている。

監督は一昨年の『舟を編む』(13)が好評だった石井裕也。
さらに、個人的にハズレのない奥寺佐渡子のオリジナル脚本ということで、けっこう期待度も高かった作品である。
大仰でエモーショナルなスコア(どこかで聴いたような・・・)共々、歴史大作なイメージ濃厚な予告編を見るに、先述の『愛と哀しみの旅路』のようなスケール感のある作品を連想していた。
なにより、戦後生まれの監督や脚本家が、逆境のなかで日本人のアイデンティティをどのように描くのか、そこにまず興味があったのだ。


たしかに、描かれる物語は感動的ではあった。
体型も全く違う白人チームを相手に、最初は試合をしても負けてばかりの「バンクーバー朝日」の面々。
しかし、あることがきっかけで、白人チームを打ち負かすまでになり、現地の日本人たちのみならず、白人からも賞賛を浴びるまでになる。
やがて、時代は太平洋戦争へ突入し、チームの仲間も散り散りにならざるを得なくなっていく・・・。
移民の人々の苦難と、歴史の波に翻弄される若者たちの悲哀。
ドラマティックなストーリー展開は予想通りのものだった。


しかし、この映画、どうも最初から最後まで、観ている僕とのリズムがまったく合わなかったのである。

どうも、言葉ではうまく表現できないのだが、メリハリがないというか・・・。
1シーン長回しではないが、冗長なシークエンスも多々見受けられたし、なんといっても映像とスコアがどうも合っていない気がした。

渡邊崇氏によるスコアは、ジャズフュージョンのようなリズミカルなものが中心となっており(予告編で流れていたスコアは予告編用の音源であり、劇中ではまったく流れない。おそらく渡邊氏の手によるものでもないのだろう)、登場人物の心の高揚をスコアで表現しているというのは理解できる。

しかし、肝心の映像にそれが乗ってこないのである。
また、やけにスコアのボリュームが小さいのが気になった。
これはけっして僕が観た劇場の音響バランスが悪かったのではないと思う。
ここでスコアが流れてくれば映像的にしっくりくるだろうというシーンにまったくスコアが流れてこなかったり、流れてきてもボリュームが小さいので完全にセリフや効果音にスコアが埋もれてしまっている。
せっかくのスコアが活かされていないのだ。

演出、編集、音響効果、そして作曲といったスタッフそれぞれの仕事が、それぞれに違う方向を向いているような印象を受けた。
これでは、互いの仕事が互いの役割を殺してしまって、結果、中途半端な印象しか残らない。本作はその典型のような気がする。


石井監督の作品は『舟を編む』しか観ていないが、あの作品では今回のような印象は受けなかった。
編集もスコアも同じスタッフだったのに、だ。
想像するに、編集作業から公開までの期間が十分なかったのではないだろうか。
まだまだ編集すべき部分があったにもかかわらず、いわば未完成なまま公開になったのではないかと思うのだ。
まったく説明なく唐突にエンドクレジットにあらわれる老人(おそらく「バンクーバー朝日」の元メンバーだったのだろう)の扱い方ひとつとっても、その可能性は高いと思うが、いかがだろう。

もし、本作が編集期間も十分あったし、監督自身、これでOK! と太鼓判を押して世に送り出したものだったのであれば、それは単に僕と肌が合わなかったのだろう。



バンクーバーノアサヒ
スコアは先述のとおり、渡邊崇氏が担当。
ジャズ・フュージョン的なスコアが躍動感を生む好スコアだ。

予告編で流れていたようなドラマティックな旋律も欲しかったところだが、方向性としてはこれもアリだと思う。
時折ハーモニカの音色なども流れてきて、それが大陸に渡った日本人の悲哀を表現するのに成功している。

エンドクレジットも、昨今の邦画では当たり前になっている、スコアとはまったく関係のないアーティストによる場違いなソング・ナンバーが流れるのではなく、最後まできっちりスコアで締めくくるところなどは、他の作品も見習っていただきたいところだ。

惜しむらくは、先述のようにこれらのスコアが映像に巧く乗ってなかったことだ。
本当に残念至極である。

サントラには、出演者の一人である、高畑充希のヴォーカルによる名曲「私を野球に連れてって」が本作のイメージソングとして収録されている。

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コメント

>ケフコタカハシさま

そうですねぇ、冗長でしたね。
もっと刈り込めば、テンポも良くなっていたかと思うんですよねぇ。

音楽に関しては、石井監督はけっしてスコアをないがしろにしていない(エンドクレジットもスコアで通した姿勢に顕著)と思うんですが、それにしては本作のスコア、じつにもったいないなぁ・・・って思いました。

レディスデーだから

こんにちは。
私も観てきました、この作品。確かに冗長な感じはしましたね〜。いらないところを削って磨き上げれば、もっと輝く物になっただろうに。制作者側に何やら足かせとか、しがらみとか、そういうのがあったように感じたのが何より残念でしたわ。

音楽に関しては私はあまりわからないのですが、この作品の場合は単に効果音扱いみたいな印象でした。良い音楽をじっくり聞かせる、という考え方は全然持ち合わせていない、あるいはそこまで配慮できない、そんな感じがしました。

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