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◎MOVIX橿原の思い出◎ 







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2014年8月31日(日)をもって、MOVIX橿原が閉館した。
オープンが2001年6月ということなので、14年目を過ぎたところだった。

それまでは、自宅から一番近いシネマコンプレックスといえば、ワーナーマイカルシネマズ西大和(現:イオンシネマズ西大和)だったので、いわゆるメジャー系の映画はそこで観ることが多く、ミニシアター系は梅田やアメリカ村のシアターへ通っていた。

そんな頃にオープンしたMOVIX橿原。
それまでは、隣接する建物にあった「トイざらす」へは何度か行ったことがあり、MOVIX橿原のあった場所は潰れた自動車学校のコースが残っており、「トイざらす」の客の駐車場になっていた。
二つの川が合流する三角州の土地で、そこに華々しくできたのがツインゲート橿原という商業施設であり、そこに併設されたのが奈良県内では2つ目のシネマコンプレックスとなる「MOVIX橿原」だった。

2001年6月当時といえば、メジャー系の新作といえば『ハムナプトラ2』あたりになるのだろうか。
相変わらず、メジャー系はWMC西大和で観ていたが、オープンしたMOVIX橿原のラインナップを観て「おっ!!」となった。
それは、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の『マレーナ』と、ジョアン・アレンがアカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、話題となっていた『ザ・コンテンダー』が上映されているということ。
いずれも観たい作品だったし、しかし両作品ともに大阪まで行かなきゃ観ることができないと思っていた作品だった。
これが、地元の奈良で観ることができる!!


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そんな最初のラインナップを目の当たりにして、MOVIX橿原には「何かやってくれる」という期待を抱いたのだった。
(ということで、、MOVIX橿原でのデビュー作は『マレーナ』だった。考えてみれば、閉館する今年、同じトルナトーレ監督の『鑑定士と顔のない依頼人』が上映されるというのも、なにか因縁めいたものを感じる)。

しかも、チケットカウンターの後ろにはでっかい「THX」の看板が掲げられていた。
そう、MOVIX橿原は「THX」の規定に合格したシアターを持つ(シアター1,2,3)シネコンだったのだ。
もっとも、『マレーナ』や『ザ・コンテンダー』は、THXのシアターじゃなかったけど(笑)


以後、あいかわらずメジャー系はWMC西大和で観ていたが、その間にも『アメリ』や『山の郵便配達』といった大阪ではロングランヒットとなったミニシアター系作品も、大阪よりは数か月遅れではあったが上映されており、特に『アメリ』などはここで上映されるのなら、梅田まで行かなくてもよかったのに・・・と少し悔んだりもした。
というのも、武士の情けで名前は出さないけれど、たしかに梅田での上映館も好きなシアターだが、MOVIX橿原の一番キャパの小さいシアターでも、大阪のミニシアターに比べればスクリーンも大きいし音響設備も優れている。
同じ観るのなら、そういう環境でしかも地元というのはこれは大きな魅力である。


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翌、2002年、さらにMOVIX橿原の魅力を実感することがあった。
これも大阪じゃないと観ることができないだろうと思っていた『ヴィドック』と『ジェヴォーダンの獣』が相次いで封切られたこと。
いずれも先にサントラCDを購入しており、映画はぜひ観たいと思っていたので、これまた地元で観ることができて大いに満足だった。

同じ頃、『地獄の黙示録・特別完全版』が公開され、この映画はやっぱり当時の関西では一番キャパが大きいだろう北野劇場(現:TOHOシネマズ梅田)で観なきゃなぁ・・・と、ずいぶん前から前売り券を買っていたのだが・・・。
しばらく行くことのなかった北野劇場は、たしかにスクリーンは大きかったかもしれないが、座席がシネコンのほどの傾斜もなく、ほとんどフラットだったことに気づいた。
そのため、前の座席に座る人の頭が、スクリーンの下4分の1を占めるような最悪な状況に。
「あれ? ここってこんなに見づらかったっけ?」
しかも、シネコンのゆったりとした座席に慣れてしまっていた身には、座席がじつに窮屈だったため、正直3時間を超える上映中は最後の方はほとんど苦痛だった。


その体験を機に、もう二度とここで映画を観ることはない、と北野劇場とはきっぱり決別したのだった(その後、TOHOシネマズ梅田と名前も変わり、内装も変わったのかどうかわからないけど、二度とここでは映画を観ていない)。
同じ頃にMOVIX橿原でも『地獄の~』が上映されており、こんなことなら最初からMOVIX橿原で観とけばよかったと、いまでもそれは強く思っている。


逆にすでにアメリカ村の某シアターで観ていた『マルホランド・ドライブ』は、大好きなデイヴィッド・リンチの作品なだけに、これがMOVIX橿原でも数か月遅れだったが上映されたのには歓喜した。
しかも、大阪で観たよりも音響効果も良かったし、おそらくリンチが意図した環境での上映に「図らずとも」最も適合していたんじゃないかと思う(あの映画が上映される際、リンチより事細かに映写方法が指示されていたのだ)。


その他の作品では、あいかわらずメジャー系はWMC西大和で観ていたが、それでも『アトランティスのこころ』、『ロード・トゥ・パーデション』などはMOVIX橿原で観たと記憶している。


2003年、年明け早々に、マイケル・ムーア監督の『ボウリング・フォー・コロンバイン』、その後の韓国映画が相次いで日本で公開されるきっかけとなった『猟奇的な彼女』が上映され、ますますMOVIX橿原のありがたさが身に染みて感じたもので、さらには『アレックス』までが上映されることに。
『アレックス』では、僕が観ていた回で老夫婦が「あまりの内容」に、途中退場する様を目撃した。生まれてウン十年、映画を途中退場した方を観たのはそれが最初だった。

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そして5月になって、僕が担当している地元のコミュニティFM局「FM西大和(FMハイホー)」へ、当時のMOVIX橿原の支配人とマネージャー氏がお越しになり、番組へチケット提供という形で協力したいという申し出をいただいた。
ついては番組内でMOVIX橿原の告知、特に上映されるミニシアター系映画の紹介を入れてほしいとも。
局は西大和周辺を拠点としており、エリア内には先ほどから書いているようにWMC西大和というシネコンがすでにある。
しかし、そことは差別化を図ったラインナップを打ち出すことで、西大和の映画人口を橿原へも呼び寄せたいという旨だったと記憶する。

無論、その「差別化」は実感していたし、映画ファンとしてもそれは大いに賛成だ。
そこから今年までMOVIX橿原との付き合いが始まったのだった。

最初に番組で取り上げたMOVIX橿原での新作は『サラマンダー』だった。
当時のマネージャー氏にも何度か局まできていただき、二人で番組を収録したこともあった。
『サラマンダー』のエドワード・シアマーのスコアは、どちらかといえばとらえどころのないもので、それでも「このスコアは映画のあの場面に流れたものだ」なんて言うと、
「え! そんなこともわかるんですか!!」
とマネージャー氏が驚いておられたのをよく覚えている(というか、だてに映画音楽ファンやってるわけじゃない(笑))。


そこから映画を観る比重は一気にMOVIX橿原に傾いた。
初めて試写会に招待いただいたのはケヴィン・コスナー主演の『コーリング』だった。
他にも当時観た作品では、『ホテル・ハイビスカス』、『シティ・オブ・ゴッド』、この2作品はここで上映されてなければ観てなかっただろう。


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7月になってようやくTHXの底力を体感できる『ターミネーター3』が公開。
当時のマネージャー氏が「いつもより、音量を若干大きめに設定しました」とおっしゃっていたのが可笑しかった。

続いて『コンフェッション』、『ファムファタール』、『28日後』、『HERO』、『ロボコン』といった思い出深い作品が相次いで公開され、『サハラに舞う羽根』は家族全員で鑑賞した最初の作品だった。

そして秋、その年のベスト1作品に挙げた『キル・ビルVol.1』公開。
当時、別の映画を観に行ってチケットカウンターで並んでいたら、おっちゃんの客の一人が、
「なあ、ねえちゃん、この『キルビル』っておもろいんかぁ?」
とカウンターの女性スタッフに尋ねているところに出くわした。
そのスタッフは、
「面白いと思われる方には面白いでしょうし、そうでないかたはそうでないですねぇ」
と、かつてのフジカラーの岸本加世子みたいな返答していたのが可笑しかった。
「そない言われたら、どうしようもないなぁ~~~」
と、そのおっちゃんは『キル・ビル』のチケットを買っていった。


MOVIX橿原ではミニ・シアター系の作品も相変わらず上映し続けておられたが、ちょうどその頃、ジム・シェリダン監督の『イン・アメリカ 三つの小さな願い事』も上映。
これは東京、大阪のミニシアターではロングラン・ヒットを記録した作品で、何かの作品を観に梅田まで行った際に、この映画が上映されているシアターは超満員で札止め状態だったことに出くわした。
しかし、MOVIX橿原ではそんな混雑もなく、梅田でのそんな状態を目の当たりにしていたため、かなり拍子抜けしてしまったことを覚えている。


そういう現象は、その後何度も目の当たりにした。
大都市のミニシアターで盛況の作品でも、奈良という地では人口の差もあるのだろうが、せっかくこんな話題作を上映しているのに、なんでもっと沢山の観客が詰めかけないんだろう? という温度差を痛感したのだった。
その分、非力ではあるだろうけれど、せっかく番組に協力してもらっているのだから、そういった作品をもっと番組でプッシュしていこうと思ったのは言うまでもない。
その姿勢は、今年までずっと崩さないできたつもりだ。


2004年2月、『ドラッグストアガール』の上映に合わせ、主演の田中麗奈が来館、舞台挨拶が行われた。
おそらくMOVIX橿原最初の舞台挨拶だったと思う。
場内は県内外からお客さんが詰めかけての大盛況。
僕は「来賓席」として、一番前のど真ん中という席を用意していただいた。
手を伸ばせば触れるくらい近い場所で、田中麗奈が立っているというだけで、違う意味で興奮(笑)
ただ、その後の本編上映は、相当にスクリーンが見づらい状況での鑑賞となった(笑)
シネコンというのは、どの席に座っても観やすい設計をしているというが、それでもやはり一番前の席は鑑賞にはお薦めしない(なんせ、僕のマイ・ベストポジションは一番後ろの真ん中なので・・・)。


先にミニシアター系の映画が、大都市の観客数に比べると芳しくないことを実感したと書いたが、その頃から思いがけない観客を動員する映画のジャンルが生まれた。
いわゆる韓流作品である。
それを実感したのはペ・ヨンジュン主演の『スキャンダル』だった。
かの「危険な関係」を韓国宮廷劇として翻訳した作品で、とにかく場内はおばさま達の熱気でムンムン。
以後、韓国映画は上映されるたびに、けっこうお客さん(特におばさま達)が入っていたものだ。
僕が韓国映画でいまだにベスト1に推している『箪笥』が公開されたのもこの年だった。


番組でも試写会プレゼントを大々的に行ったのが、あの『CASSHERN』。
松竹が威信をかけて放った超大作だったが、まぁ、上映される前から評判が芳しくなかったことを覚えてらっしゃる方も多いだろう。
なんせ、当時のスタッフ(名前は伏せますけど)も、
「あれはねぇ・・・」
とこぼしてらっしゃったのが印象的だった(笑)
ただ、試写会には多くの観客が詰めかけ、場内満席状態。
でも、終わってからほとんどの方が無言だったのがなんとも・・・。

他にも試写会ではヴィン・ディーゼル主演の『リディック』なども、番組で試写会プレゼントを行った。


あと、思い出深いのはこの頃だったか、東宝の邦画が一切上映されなかった時期がある。
これについては「敢えて詳しくは触れない」が、ちょうどこの2004年に奈良県で3番目のシネコンであるTOHOシネマズ橿原がオープンした。
TOHOシネマズ橿原は橿原イオンという商業施設内にあり、それまでMOVIX橿原の隣にあった「トイざらす」も、橿原イオンができるとともにそちらへ移転。
施設はその後、パチンコ屋になってしまい、完全にMOVIX橿原周辺の客層は変わってしまった。
まぁ、商業施設と一体化したシネコンとなれば、自然と客足もそちらに流れてしまうのは当然なこと。
コアな映画ファンはともかく、極々一般のお客さんはどうしてもそうなってしまうだろう。

それでも、MOVIX橿原はメジャー作品はもとより、従来からのミニシアター系作品を積極的に上映するという姿勢を崩さず、それゆえコアな映画ファンはMOVIX橿原に通ったものだ。
ちなみに一年くらい経ってから、MOVIX橿原でも東宝映画が再び上映されることになった(たしか、2006年の『日本沈没』からだったと記憶している)。


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また、さきほど音響について少し触れたが、実際にMOVIX橿原で映画を観たら、他のシネコンの音量&音響効果がじつに物足りないのだ。
当時、よく通っていた某サントラ専門店の常連客の一人に、音響に詳しい方がおられて、その方は大阪在住だけれども、映画を観るならMOVIX橿原に限ると、わざわざ大阪から橿原に通っていたということを聞いたことがある。

上映する作品でも差別化を図っておられたし、音響効果でも(これはあくまで僕の実体験による印象だけど)差別化を図ることで、MOVIX橿原としてのカラーを打ち出しておられたのだと思う。


他にも思い出深い作品はいっぱいあるし、思い出も多々ある。
上映中に駐車場の防火装置が作動して、上映中断になったことも二度(2005年の『奥様は魔女』と2011年の『プリンセス・トヨトミ』)あった。

舞台挨拶も2008年の『七夜待』で監督の河瀬直美のものを拝見したし(どうせなら主演の長谷川京子のほうがよかった(笑))、残念だったのは2005年の『深紅』で水川あさみが来館した際に招待いただいてたのに、本業が忙しくて行けなかったこと。
2006年の『夜のピクニック』では石田卓也君が舞台挨拶を行ったと記憶している。


亡くなった父(僕の映画好きは父の影響が大きい)が最後に映画館で観たのもMOVIX橿原だった。
2005年の『キング・コング』で、こういうジャンルが好きだった父としては大満足だったようだ。


スタッフの中には、こちらの顔を覚えていただいてた方もおられて(そりゃあ、長年、何度も行ってたら「あ、またあいつ来てるぞ!」ってなものだ(笑))、気さくに声をかけてくださった方も何人もおられたのは嬉しかった。
また、コンセッションで販売されているポップコーンは、他のシネコンに比べるともっともおいしくて、週に一度はあれを食べないと気が済まないくらいにまでになっていた(それで体重がまったく減らなかったわけだ(笑))。


ほんとうに逐一思い出を書いているとキリがない。


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2014年8月31日。
最後に観たのは『ラスト・ベガス』だった。

いつもは開場10分前にチケットカウンターに並ぶのだが、その日は少し早めに行って、ロビーの雰囲気を味わいたかったし、周辺の写真も記念に残したかった。

同じ思いの方も多かったのだろう、ロビーではあちらこちらで写真を撮ってらっしゃる方の姿が。
やはり、それだけ愛されていたシアターだったのだと思う。

あの広いロビーで、僕の番組の公開録音もやってみようか、という企画も10年前くらいには持ち上がったが、僕に度胸がなかった(というか、まだパーソナリティ初心者の頃だったし)こともあってそれは実現しなかったのは、いまさらだが悔やまれるところだ。

でも、MOVIX橿原のあのロビーに入れば、こちらも一観客だったわけで、そのスタンスでよかったんだと思う。
最高の環境でいい映画にたくさん巡り会えたのは、それだけでも大きな財産だ。


コンセッションではスタッフの方と話もできたし、現マネージャー氏ともいろいろ話もできた。
最終日になってますます愛着のわくMOVIX橿原。

しかし、そのMOVIX橿原はもう・・・ない。

14年間本当にありがとう!!
そしてマネージャー氏をはじめ、スタッフの皆様、どうもご苦労さまでした!!



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