■『イントゥ・ザ・ストーム』■(映画) 







イントゥザストーム
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広島で起こった土砂災害については、連日その詳細がマスコミを通じて報道されており、災害に見舞われた地域の方々には心よりお見舞い申し上げる。

ただ、報道を見聞きしていて思うのは、こぞってあの地域は災害起こるべくして起こる場所だったということを識者が言い放っているということ。
花崗岩が風化して「真砂土」という脆い土壌に覆われており、ここに大量の雨が降り注ぐことによって、土壌が崩落するという。

おい、ちょっと待てよ。
いまさらそんなことを声高に言ったって、じゃあ災害が起こるまでに住民の方々に対して果たして行政なりを通じて識者は訴えてきたのか?
もちろん、せっかく買った自分の土地や家屋を、そう簡単に手放すことは容易ではないだろう。
しかし、地道なアクションを起こすことで、なんらかのアピールはできなかったのか?
そもそも、そんな大参事が起こる可能性のある土地に、住宅を建てることを許可したのは行政ではないか。
今回の惨事は、自然災害によるものも大きいが、人的な要因によるものも相当なウェイトを占めているような気がしてならない。


前置きが長くなったが、そんな実際に被害が起こっている中で公開されたのが、この自然災害を扱ったエンターテイメント作品だ。

アメリカの中西部では竜巻が頻繁に起こり、そのたびに人々は甚大な被害を被っている。
不思議に思うのは、そんな竜巻が頻繁に起こるような地域に、なぜ人々は暮らしているんだろう? ということ。
たとえば、アメリカという国がそのような被害が起こるであろう地域に人々を住居することを許可していること自体、おかしいんじゃないかと思うのだ。
そりゃあ、住民たちからすれば先祖から代々受け継いできた土地だから、そう簡単に離れることはできない、という意見もあるだろう。
しかし、被害が起こるということは、国にとっても被害なわけで、それならば国がなんらかの手を打たねばならないのではないか。
自然災害に対して人類は無力であるならば、歯痒いことだけどそこから逃げるしかないのではないか。

とそこまで考えてふと思ったのは、じゃあ、自分はどうなの? ということ。
幸い、我が家の近所には崖もないし大きな河川もない。
そうそう大雨が降っても被害が起こる可能性は少ないのだが・・・しかし、毎年のように台風がやってくる危険性は避けられない。
しかも、近い将来起こりうるであろう南海トラフ巨大地震の脅威もある。

「アンタ、さっきから好き勝手書いてるけど、台風も来るし地震も起こるような場所に、よくもまあ平気で暮らせているなぁ」
と、他の国の人からすると、僕の書いていること自体がナンセンスなのかもしれない。
再び書くが、自然災害の前では人間は無力である。
でも、それで納得してしまうのはとても悔しいことだ。


またまた話がそれた。

最新のSFXを駆使して描く本作は、テキサス州の実在の街シルバートンを舞台に、未曽有の巨大竜巻が発生することによる、人々の被害の姿を描いている。
凝っているのはこれが全編POV方式で構成されているということ。
映画は登場人物の誰かが持っているカメラ(もしくは、TVのニュース映像、監視カメラの映像など)による映像をつなぎ合わせた形で構成されているというユニークなもの。
このPOV方式は昨今、ホラー映画やパニック映画でよく用いられており、どこかドキュメンタリー映画を観ているようなリアル感と臨場感がある。

本作の場合は、ちょっと映像(というか編集か)に懲りすぎて、POVではあるけれどドキュメンタリー性は薄く、劇映画としての完成度のほうが高い。
まぁ、これは映画として観た場合は、エンターテイメントに徹しました、というところなんだろう。
とにかく、驚異の映像のつるべ打ちにはただただ驚嘆するしかなく、前半の多少ダレ気味な展開(登場人物の背景説明に時間を割いている)から、一気にテンションが加速する後半などは、思わず手にしたポップコーンの存在をしばし忘れてしまうほどである。

登場人物も地元の高校の教頭一家と竜巻を追うストームチェイサーのグループ、という2つの立場に絞り、上映時間も昨今の作品に比べると比較的短い89分というところも、観客の集中力を逸らさない工夫かと思う。

ただ、どのようにして巨大竜巻が起こるのかというそのメカニズムについては、劇中ではほとんど触れられていない(一応、ヒロインは科学者という設定なのだが)し、行政はどのような行動をするのかになると、まったく描かれていない。
登場人物たちは、ただただ巨大な竜巻に建物を破壊され、あるいは竜巻に飲み込まれるしかないのだ。
まぁ、もともと本作はエンターテインメント重視で作られているので、割り切って観るのが正しい鑑賞方法なのだろうが、現実で災害が起こっているなかでの公開は、精神的にフラットな状態で観るには多少の努力が必要かもしれない。

結局のところ、ストームチェイサーもただ竜巻を追っかけている野次馬的な輩としか描かれていないのは、96年の『ツイスター』となんら変わるところはない。
ただ、SFXは格段に進歩しているように思う。
映像におけるSFXは進歩しても、自然災害に対する人間の技術は、まだまだ先の長い道のりのように感じたのがじつに歯痒かった。



イントゥザストーム
スコアを担当したのはブライアン・タイラー。

ハンス・ヅィマー率いる作曲家集団リモートコントロール(以下RC)の作曲家たちが牛耳っているようなハリウッドの映画音楽の世界で、RCに属せず、コンスタントに作曲活動をしているブライアン・タイラーには、それゆえ好感が持てる。

いや、けっしてRCの作曲家たちがダメだ、と言ってるのではないが、正直誰が書いても同じような仕上がりのRC一派は、どうしても十把一絡げ(と書くと辛辣か?)のような印象が拭えない。

そのタイラーのスコアだが、とにかく一言で表せば全体的に「ド派手」なスコア。
そのパーカッシヴ&バーバリズムあふれる響きは、同時期に公開されている某怪獣映画のスコアだ、といわれても遜色ないほどだ。
特筆すべきはメインテーマのフレーズがかなり明確であるということ。
どこかエモーショナルなメロディは、強く印象に残るものであり、サントラに収録されているスコアのほとんどが、このメインテーマのバリエーションで構成されている。

そもそもPOVの手法で作られた映像(ということはリアリティを追及している)に、「ド派手」なスコアを流すことはナンセンス(そこで一気にノンフィクションからフィクションに引き戻される危険性がある)だが、本作ではそれを堂々とやってのけている。
だが、エンターテインメント性を重視した本作においては、それで正解。
後半のハイテンションな展開においては、このタイラーのスコアは不可欠であり、それが観客を映画の世界へ一気に巻き込んでいくのだ(もっとも、効果音でスコアがはっきり聴き取りづらいかもしれないけど)。

メインテーマのバリエーションがスコアのほとんどを占めているが、劇中に登場するストムチェイサーが乗る装甲車「タイタス」につけられた無骨なマーチ曲など、今回のタイラー、いい仕事してますねぇ~~~と思わず突っ込んでみたくなるほどだった。

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