FC2ブログ

■『エスケイプ・フロム・トゥモロー』■(映画) 







004.jpg
【公式サイトはコチラ!!】

映画好きではあるけれど、映画に関するテーマパークにはまったく食指が動かない。
ネズミのキャラのあそこや、メガネっ子の魔法使いのアトラクションで最近なにかと話題のあそこなど、まったく興味がない。
「映画好きなのに、何でぇ?」
とよく不思議がられるが、興味がないものはないのだからしょうがない。

まぁ、お好きな方はどうぞ楽しんできてくださいまし、というくらいなものではるけれど、中にはネズミのキャラのあそこ、ああ、まどろっこしい、DLしろUSJにしろ、興味がないことのほうが異常とまで言う御仁も実際におられる。

そんな体験をした自分に言わせりゃ「あんなもん」に長時間も並んだり、DLなどはわざわざ長い時間をかけて(近畿在住なもので。でも一時期、江戸川区に7年も住んでいたのに、一度も行ってみたいなどと思わなかった)現地まで行くものだなぁ、大変だなぁ、と多少否定的にもなるってなもので。
でも、そこまでしてまで人を惹きつける魅力があるんだろうなぁということは、否めないわけで。


さぁ、そんな僕が本作の存在を知ったのは、とあるサイトにて。
アメリカ本国での上映の際の情報だから、昨年の1月頃だっただろうか。
さすがアメリカ、自由の国(いろんな意味で)だなぁ、よくもまあ、こんな映画が上映されるものだなぁ、と驚いたものだが、狂信的なディズニー(あ、書いちゃった)信者も多く、しかも子供の落書きにまで会社は著作権介入してくる(という都市伝説もじつに信憑性が高い)という日本においては、これは劇場での上映は望むべくもないだろう。
こっそり、ビデオスルー、いや、それさえもままならないんじゃないか、とその時は思っていた。

それがあ~た、劇場の数こそ限られてはいるけれど、普通に堂々と、しかも子供たちが夏休みに入ったこの時期に日本でも上映されたということには、素直に驚いてしまったし、多少なりとも感激もした。
まだ『アナ雪』も上映中のシネコンで本作を観たわけだが、これがじつになんというか、想像を超える内容になっていたのだった。


サラリーマンのジムは、奥さんと二人の子供を連れて、夢の国のテーマパークへやってくる。
休暇も最後とあって、思いっきり楽しもうとしたその朝、ジムは会社より突然クビの電話を受け取り失意のどん底に突き落とされる。
そんな状況など知る由もない妻と二人の子供。
楽しいはずのテーマパークも、ジムには邪悪の巣窟のようにしか映らないのだった。

まず、冒頭のジェットコースター(ビッグサンダーなんとかっていうの?)のショッキングな映像から始まり、ことごとくジムの神経を逆なでするかのような出来事がこれでもかと続いていく。
これが全編モノクロというのが視覚的に強烈にシュールだ。
数々の出来事は単にジムの妄想なのか、それとも現実のことなのか、曖昧なまま物語は進み、最終的には・・・これは実際に映画を観ていただきたい。


まるで、かさぶたを無理やり引きはがし、傷口からリンパ液がジュクジュク滲み出しているようなそんな映画。
じつに悪趣味に満ちた内容(それゆえR15指定となっている)だが、それが単にエログロだけに終わらないのは、そこに監督独自の映像美学が噴出しているからだ。
そして本作を観れば、あの楽しく希望と夢に満ちたDLも、また違ったように見えてくる。
それこそが、あの夢の王国の真の姿なのだと。


この監督の視点は、デイヴィッド・リンチの映画に通じるものがある。
一見、美しく見えるものでも、じつはそこにグロテスクなものを内包しているもので、それこそが本質である、というリンチの視点と、本作におけるDLに対する表現とは、恐ろしいくらいにリンクする。

本作を監督したランディ・ムーア(本作が長編デビュー作となる)のコメントには、一切リンチの名前は挙がっていないので、直接な影響はないのだろう。
彼自身の幼少期の体験から「作り物の世界への文化的執着に押し付けられる、極めて人工的な子供時代」(劇場パンフより引用)に対するアンチテーゼとして本作を作ったということで、他にも色々と興味深いコメントもあるが、それは実際に劇場パンフを読んでいたくとして、つまるところ「現実逃避」できる場所としてのDL、しかし、それさえも企業が作り上げたものに過ぎず、それが子供たちの心に大きな影響を与える云々とまで述べている。

この「現実逃避」というテーマもデイヴィッド・リンチが好んで取り上げるものだ。
現状、映画製作に興味が失せたと語っているデイヴィッド・リンチの新作が望むべくもないことに落胆しているリンチファンの僕としては、はからずも彼の視点を受け継いでいるこのランディ・ムーアという監督の出現には大きな拍手でもって迎えたい。


本作は冒頭に挙げた、DLやUSJに惹かれることに、何の違和感も持たない方々こそ観る映画なのではないだろうか。
「ほら、あそこは一見華やかだけど、実はこんなんなんやでぇ・・・」
と言うつもりはない(書いてるけど)。
ただ、誰もが右に倣えではなく、こういう視点で物事を捉えるということに、僕は強い興味を持ったし、本作に対して惜しみない賞賛を与えたいのだ。


余談だが、劇場パンフを買うと先着特典として特製クリアファイルをもらったばかりか、入場者プレゼントとして特製団扇ももらった。
思いがけないプレゼントは、逆に不気味でさえある(笑)



エスケイプフロムトゥモロー
この摩訶不思議な、そして邪悪に満ちた傑作に、笑ってしまうくらいにドラマティックなスコアを書いたのは、ポーランド出身の作曲家アベル・コルゼニオフスキー。

コリン・ファース主演の『シングルマン』(09)やマドンナが監督を務めた『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』(11)のスコアを担当し、いずれもゴールデングローブ賞にノミネートされた経歴を持つ。

先の2作も往年のハリウッド映画、あるいはフィリップ・サルドあたりのヨーロッパ映画のスコアを思わせるクラシカルな魅力に満ちた仕上がりだったが、本作もそのスタイルは崩さない。
しかも、聴く者が聴けば(というか本編を観れば明白)、DLで流れている幾つかの音楽のパロディになっていることがわかる。

作品の内容を考えれば、もっとダークなスコアにもなろうところを、逆手をとって全編ドラマティックな仕上がりしたコルゼニオフスキーのアイロニーこそ、監督が本作を作る視点そのものであり、そういう意味においてこのコンビは今後、さらなる傑作を生んでいくのではないか。
それを考えるとたまらなく楽しいのだ。

なお、サントラはダウンロードのみでリリースされている。

【amazon】
【iTunes】





コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://binsan67.jp/tb.php/390-61ee3ce3