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■『利休にたずねよ』■(映画) 







リキュウニタズネヨ
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文化人でありながら、時の権力者秀吉に切腹を申し付けられた千利休の姿を描いた歴史巨編。

利休を市川海老蔵が、その師匠に故・市川團十郎が演じるという親子共演でも話題になっている。
セットや小道具にいたるまで、かなり凝ったつくりになっていて、スタッフの心意気が伝わってくる。
う~~~ん、伝わってくるんだけれど・・・。

物語は、利休切腹の朝に始まり、過去を回想していくという流れ。
その中で、彼が心の奥にずっと封印してきた「ある女性」の存在が浮き彫りになってくる。それが彼の茶人としてのパッションの源だったというお話。

で、そんな利休をそばでずっと支えているのが妻の宗恩。

彼女も、薄々は利休の心のうちはわかっていながらも、
「私はあなたにとってどういう存在ですのん?」
などとあからさまに尋ねるわけだ。

すると利休は、
「わたしにとって妻はおまえしかいない」
なんてヌケヌケと言ってのける。

そう言われて宗恩はニコニコしてるんだな、これが。

なんなんだ、こりゃ?
こんな男にとって都合のいい奥さん、いまじゃ考えられないし、まるで観音様か菩薩様のような宗恩が逆に恐ろしく見えてくる。
まぁ、これが安土桃山の時代ならば、そういう女性像もアリってなものなのか?
まして、利休を演じるのが海老蔵なもんだから、たしかに所作にはある種の風格はあるものの、利休というにはちょっと若すぎるし、いまじゃいいお父さんになっているが、過去のスキャンダルを考えると、この利休がじつに軽く見えてくる。
だから、奥さんに対して二枚舌な利休の姿も、妙にリアルだ。

物語の後半、つまり利休のパッションの原点が明かされる段になって、遊び人だった頃の利休のなんと活き活きした海老蔵の演技なことよ。
ここで登場する利休にとってに「運命の女性」のについては、ネット上でなんだかんだと、我が国の外交関係にまで踏み込んで書いている方もいるが、それは単なる揚げ足取りだ。
詳しく触れないが、興味のある方はいろいろ検索されればよろしかろう。

ただ、映画で描かれるケースもあっただろうし、それが日本の「茶道」に影響を与えているなんてまったく思わない。
これはあくまで作者の創作であり推理だし、そういうこともさもありなん、という程度に留めておくだけでいい。
それをドラマティックと受け止められるかどうかで、映画に対する印象は変わってくるだろうけれど。

それよりも、それが明らかになった時の、宗恩の心情のほうが問題だ。
先に書いたように、観音様か菩薩様かと思った宗恩も、クライマックスで感情を爆発させる場面がある。
そりゃそうだ。
妻はお前しかいないなんてヌカしながら、結局は死ぬ間際まで忘れられない女性への未練が断ち切れない夫に対して、なんとも思わない女性などいないだろう。

「いったい、わたしはあなたにとってなんだったのよぅ!」

とまでは本編では言ってないけれど、そんなクライマックスの宗恩の姿に、最後の最後でこの映画のタイトル、『利休にたずねよ』の意味はそういうことなのかとやっと理解できた。

一見、スケールが大きいようで、その正体は極めて小さい、ドメスティックな歴史巨編とでもいうべきか。


海老蔵はともかく、宗恩を演じる中谷美紀、織田信長を演じる伊勢谷友介は、まだ公開中の『清州会議』にも出演していて、共に実力のある演技で魅了してくれるが、このあたりのキャスティングはもうちょっとどうにかならなかったんだろうか。
この二人が悪いわけじゃなく、役柄は違えども、同じ公開時期によく似た時代の映画で、というのはちょっと芸がなさすぎる。
というか、他にも実力のある俳優がいるのだから、キャスティングにはもうちょっと考慮していただきたいものだ。



リキュウニタズネヨ
スコアを担当したのは岩代太郎。

2013年は『許されざる者』での素晴らしいスコアが印象的だったが、本作でも静かな中にもパッションを秘めた、まさに利休の茶に通じる作風が好印象だった。

サウンドトラックに収録されたスコアにも、相変わらず凝ったタイトルが掲げられており、「侘・寂」と題されたエンドクレジットに流れるスコアなど、溜飲を下げるにあまりある絶品のスコアになっている。

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