FC2ブログ

■『さまよう刃』■(映画) 


サマヨウヤイバ
主人公は最愛の中学生の娘を、ある日、何者かに拉致され、薬物投与されたうえに強姦、殺害されてしまいます。
彼はとある人物の密告により、2人の犯人を知ることになります。
しかし、犯人はいずれも未成年。現在の日本の法律では未成年に対する極刑は難しい。
そこで父親は復讐のために犯人を追うのでした・・・。


今年の夏はどちらかといえばファミリー向けの映画が多く、個人的にはその賑わいこそ嬉しいけれど、作品の質を考えると首を傾げてしまうような作品が多かったのも事実。映画を送り出す側もそういう思いは少なからずあったんだろうなというのは、秋から年末にかけて見応えのある作品が相次いで公開されることに顕著であります。
そんななかで公開された本作は、東野圭吾の原作を映画化したかなりヘヴィな人間ドラマ。


後を絶たない未成年による凶悪犯罪。
そんななかで、事件の当事者となったら、もし自分の最愛の肉親を無残にも殺されたら、あなたはどうしますか? という問いかけを本作は投げかけてきます。
折りしも今年は裁判員制度も導入されたとあって、それまでTVなどのマスコミによって報道された事件に対して、お茶の間で言いたいことを言ってるだけでは済まないような状況に、いつ、自分が置かれるかもしれないわけで、そうなると今回の映画で描かれる事件とそれに対して主人公がとった行動については、あれこれ考えさせられてしまいます。

もっとも、エンターテインメントであれば、かつてのチャールズ・ブロンソンのように、肉親を傷つけた悪人に対しては、徹底的に攻撃するようなお話に徹するほうが観客の溜飲を下げるにふさわしいわけであって、たとえば今年の晩夏に公開されたリーアム・ニーソン主演の『96時間』などはその最たる作品であり、娘を人身売買組織に誘拐された父親が、目の前に現れる悪人どもをバッタバッタと倒していくその爽快感は特筆すべきものがありました。
正直なところ、この『さまよう刃』を観ていてもどかしかったのは、この映画の主人公にブロンソンやニーソンのような行動を期待していたからなんだと思うんです。
グダグダ悩んでいないで、さっさとクソガキどもを退治せぇよ! と、何度観ていて思ったことか。

サマヨウヤイバ1
たしかに寺尾聰演じる主人公は、娘を殺害した犯人のうち1人をその憎しみから殺害してしまいます。しかし、残る主犯格を追っているうちに主人公の心に微妙な変化が生じるのです。
はたして、憎しみにまかせてあっさりと成敗していいのだろうか?
それで自分の心は晴れるのか? 
ましてや亡くなった娘は浮かばれるのか? 
そんなことはほっとけ、犯人みつけたらさっさと復讐を遂げろよ!! って、僕は最後の最後までイライラしながら本作を観ていたんですけど、この映画はこの映画なりの決着をつけている。
それがこの映画のキモなんです。

その決着がいかなることか、というのは敢えてここでは書けませんが、それはそれで納得することではあります。しかし、それでもなお、あんな凶悪なクソガキはさっさと成敗してしまえ! という思いは最後の最後まで完全に消えませんでした。
でも、それも考えてみれば自分が当事者ではなく傍観者ゆえの無責任な見方なんですよね。

本作が投げかけるテーマは、先にも書いたようにもし自分が事件の当事者となったらどうするか? ということ。
そんなこと言われても実際にそんな状況になったことがないから、答えなんて出せないというのは、けっして僕だけじゃないと思います。
口だけや想像ならば、そりゃ犯人を見つけ出して制裁を加えてやる、警察になんて任せられるか! とでも言えるのですけど、ね。
そんな意味でも、いろいろと考えさせられる重い映画でした。

サマヨウヤイバ2
主人公を演じる寺尾聰は相変わらず見事な演技を見せてくれます。
最愛の娘を奪われた父親という役柄を、それでいて感情を露わにするでなく寡黙に犯人を追い詰めていくその演技は見応えありますが、個人的にはもっと主人公の感情を爆発させるような演出のほうが、より父親の慟哭が明解になったのではないか。それを受けてのあのクライマックスというほうがより効果的だったのではないか、と思うのです。
抑制の効いたその演技は寺尾聰の持ち味なのか、ただただ監督の演出によるものだったのか定かではありませんが、そこが少し引っ掛かった部分でもありました。
主人公を追う2人の刑事を演じた伊東四郎と竹之内豊も絶品。とりわけ竹之内豊演じる刑事は、警察という立場の中で司法の壁にぶち当たってジレンマに陥る役柄を見事に演じきっていました。
そのジレンマの落としどころは映画を観ていただくより他ないのですが、あのような刑事ってやっぱり映画や小説の世界だからこそ存在するんでしょうねぇ。


あと、本作の受難を一気に引き受ける女子中学生を演じた女優について。
その役柄を考えると、ポスターなどにも演じる女優の名前がクレジットされて然るべきなのに、まったく明記されていないのは何故か?
たしかに登場シーンはごく僅かであり、顔がハッキリ映るのは死体となった状態くらいなもので。もっとも犯人たちが彼女を陵辱し、その様子を収めた(こういう点からも、犯人は死に値すると思うんですが)ビデオを主人公が目の当りにする場面では、わずかに顔は映っていますけど・・・。

演じていたのは伊東遙という女優。
いわゆるAV女優さんだそうで(僕は知らなかったんですけど。ほんとです。ホントだってば!
ブログも書いてらっしゃるので、興味のある方は一度訪問されたし。もちろん、女子中学生じゃなく成人です(笑)
まぁ、役柄が役柄なのでそういうジャンルの女優にオファーが行くのは不思議ではないのですが、しかし、本作において重要な役柄であり、先にも書いたように本来ならば寺尾聰、竹之内豊、伊東四郎らとクレジットが併記されてもおかしくない(なんなら苗字つながりで、伊東四朗と並んでクレジットしてあげればよかったのに)。
なのに、ポスター等ではまったく名前は挙がっていないし、エンドクレジットでも思わず見落としそうになるような、いわゆるその他大勢のくくりにちょこっとクレジットされているだけ。

これってどうなんでしょう?

司法制度に対する矛盾とか、少年法の矛盾とか云々言う前に、映画会社の演じる者に対する線引きが垣間見えるようで、なんとも腑に落ちない思いが残りました。
製作した映画会社が70年代に量産したプログラム・ピクチャーのことを考えると、この会社も相当エラくなったものよ・・・。
(MOVIX橿原にて鑑賞)

【採点:100点中60点】

※本作の原作小説。
ちなみに殺害される娘は中学生ではなく、原作では高校生。映画は犯人の残虐性を極めるために被害者を低年齢に設定したのか???



※伊東遙主演のDVDです。
アダルト商品なので、18未満のかたはアクセスしちゃダメですよ!!
ところで、スポんchuって、何だ?






コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://binsan67.jp/tb.php/32-c7d2b83c