■『引き出しの中のラブレター』■(映画) 


ヒキダシノナカノラブレター
J-WAVE(81.3MHz)の人気DJ真生さん(常盤貴子)の番組に、ある日一通のメールが届きます。
差出人は函館に住む中坊リスナー直樹君(林遣都)で、

「うちの祖父は父と喧嘩ばかりして全然笑いませんのです。間に挟まれた僕はまるで中間管理職みたいでたまりませんのです。いったい僕はどうしたらよいのでせう。あと真生さんの生写真ください

という、いささか人生相談めいた内容でした(後ろ3分の1はウソ)。
もっとも、直樹君の目的は同じ番組を聴いている、気のあるクラスメートの留美ちゃん(水沢奈子)へのアピールという、半分よこしまなものも含まれていたのですが。
都会の洗練された番組に、こんなドメスティックなメール送られても困るのよねぇ~~~なんてことは、この真生さんは言いません(心の中では知らんけど)。

「じゃあ、リスナーのみなさ~~ん! このおじぃさんを笑わせるアイデアを募集しまぁ~~~す!」

と、自分で解決しないでリスナー任せにする真生さん。さすが、ベテランDJ、頭の切り替えが違います。
しかし、真生さんの脳裏には、故郷の大阪(おそらく東大阪市内と思われる)を飛び出して、東京へ出てきた苦い思い出が、この中坊のメールのせいで甦えってしまったのでした。
しかも、彼女の上京をことごとく反対した小さな鉄工所を営む頑固な父親(六平直政。彼の娘が常盤貴子とは、にわかに信じがたいキャスティングだ!)は、彼女のことを最後まで許さないまま数年前に他界。
真生さんはDJの仕事があるのでその葬儀にも行けない負い目があったのです。
実家から送られてきた荷物の中に、生前の父親が書いた手紙が入っていたのですが、一度も封を開けずにおいたまま(とっても思わせぶりなアイテムですな。この後、想像通りの展開になりますよ~~~)。
その日から妙にその中坊のメールが気にかかり、恋人の大介(萩原聖人)とデート(あ、具体的なそういうシーンは無し! そういうシーンって何だ?)しても気が気でない。
友人でランジェリーショップの店員可奈子(本上まなみ。実際、商品を身につけるという場面は無し!)が遊びに誘っても気が気でない。
とうとう、矢も盾もたまらず函館までリスナーの中坊、直樹君の家まで押しかけます。さすが人気DJ、やることがハンパじゃない。っていうか、ふつう行くか???
さて、憧れのDJ真生さんが家にやってきて、うひょひょ~~~!!! な直樹君とは反対に、おじいさん(仲代達矢)は困惑気味。

「どうか、息子さんと仲直りしてください」

と、手土産持参(中身は文明堂のかすていらかな?)で頼み込むも、

「他人の家のことは放っといてくれ!」

と追い返すおじいさん(あたりまえだ!)。
真生さんにしてみれば、直樹君の家族が元通りになることで、自分が抱えていた家族に対するわだかまりが解消できると思ったのでしょう。しかし、世間はそう甘くない。
傷心のまま東京へ戻った真生さんは、いままで一度も封を開けなかった父親の手紙に目を通します。

なんとそこには、想像を絶する驚愕の内容が!!!!(そんなこたぁないですけど)


ヒキダシノナカノラブレター1
という、DJ真生とリスナーの直樹とのエピソードを中心に、ラジオ番組を介して身重のシングル・マザー(オセロの中島知子。その母役を八千草薫)、地方から東京へ出てきたタクシー運転手(フットボールアワーの岩尾望)、大病院の跡取り息子で年上の恋人との結婚を両親に許してもらえない青年医師(竹財輝之助。その父役を西郷輝彦)らのエピソードも平行して描かれるという、いわゆる群像劇というスタイル。

群像劇といえばここ数年のうちでもイギリス映画の『ラブ・アクチュアリー』(04)という秀作もあったし、邦画でも『大停電の夜に』(05)の仕上がりには大いに満足でした。かようにこのジャンルにはハズレなし、という印象があるのですが、本作もそれらに勝るとも劣らない仕上がりになっていたのはなんとも嬉しいところ。
まして、実際に曲がりなりにもラジオで喋らせてもらっている身としては、ラジオがテーマとなりますと、観ていて逐一思うところもあったりするわけで。
正直なところ上にも書いたように、いくら自分の悩みにケリをつけるためとはいえ、わざわざリスナー宅を訪れるなんて考えがたいシチュエーションには思わず失笑してしまいました。
しかし、それほどまでに真生の抱えている悩みは大きく重かったわけで、それを解消するのはほかでもない家族からの手紙だったのです(じゃあ、さっさと父親から来た手紙を読めばよかったのに・・・と思うのは野暮なこと)。

真生は自分の経験をもとに、番組リスナーに対して、大切な人へ口にして言えなかったことを手紙やメールにして番組に送ってください、と訴えかけます(もちろん、そこには函館の直樹君のおじいさんに対する訴えも込められています)。
そして寄せられた便りを「引き出しの中のラブレター」という特別番組で紹介しようと企画するのです。
自分と同じ悩みを抱えている人の、少しでも心の支えになることができたら、と、聞きようによっては偽善者と言われそうなものですが、そこに本作のヒロインをラジオのDJとした大きな意味があるのです。
もちろん、自分の趣味や実益を兼ねて、平たく書けば自己満足でDJをしている方もおられることでしょう。しかし、そんななかでも番組宛にメッセージを届けてくれる人がいる。そしてそれをキャッチしてラジオで発信することでそれをまたキャッチしてくれる人がいる。
最初は自己満足かもしれないけれど、そんな心の受け渡しが出来るのはDJの特権(と書けばおこがましいですが)なのです。それをどういう形で聴いている方へ恩返しをするかとなると、これはもう、この映画で描かれるような展開になるのは大いに納得できるものでした。

デジタル化が進む社会において、ラジオというのはどこかアナログな匂いのするものです。
そんな時代遅れな媒体のなかにも、人の心を豊かにする可能性はまだまだ潜んでいる。
それを映画という形で明確にしてくれたという意味においても、ラジオの末席の末席に座らせてもらっている僕としても、素直に喜ぶべきところであります。


ヒキダシノナカノラブレター2
まあね、本音を書けばけっこうキレイごとが多い映画ではありますよ(笑)

それでいて、クライマックスではラジオ番組の裏側のちょいとダークな部分も余さず描かれているのが潔い。
ディレクター(吹越満)は、函館のおじいさんからの便りが番組に届いた場合の番組進行プランAと、便りが来なかった場合のブランBと2つの案をあらかじめ用意して、特別番組「引き出しの中のラブレター」本番にのぞみます。
結末はどちらが選ばれることになるかは想像に難くないでしょう(笑)が、じゃあ、プランBで読まれるはずだった便りは無視ですかぃ? という、ちょいと腑に落ちない展開のまま物語が進行してしまうことに戸惑った方もいたんじゃないでしょうか。
でも、こういうシチュエーションはこの業界には普通にあることで、もっとも人気番組でお便りが毎回山のように来るようならいざ知らず、僕の番組ではそういう悩みに苛まれることはありませんが。
と言い切れるのがいと哀し・・・。

あ、話が横道反れました。
とにかく、ラジオ云々ということを差し引いても、先に書いたように群像劇としてもよくできた物語になっていて、描かれるエピソードも破綻なく、またそれを演じる俳優陣の演技ともども見事なアンサンブルを奏でています。
とりわけ、クライマックスではささやかなサプライズ(場内で軽いどよめきが起こりました・笑)も用意されていて、エンターテインメントとしてもじつに面白い映画になっていました。
特に派手な映画ではありませんが、良質の佳作が観たい向きにはぴったりな作品かと思います。

(MOVIX橿原にて鑑賞)

【採点:100点中80点】

※本作の原案となった書籍。
あかん! ちょこっと読んだだけで涙腺猛攻撃してきます・・・。



※僕が長年愛用しているヘッドホン。この迷彩柄がお気に入り!



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