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■『メランコリア』■(映画) 


メランコリア
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毎回エキセントリックな内容で物議を巻き起こす、デンマークの奇才、ラース・フォン・トリアーの最新作。

本作のアイデアは彼が実際に鬱病になった際の体験から生まれたものなんだそうですが、そういえば前作の『アンチクライスト』(09)は、その鬱病の際のリハビリとして書いた物語を映画化したものでした。

しかし、出来上がった作品をみると『アンチクライスト』が救いようのない陰惨な内容から「暗」のイメージが濃厚で、これのどこがリハビリやねん? という疑問が渦巻いたのに対し、『メランコリア』はラストはともかく、全体からは「明」のイメージを受けまして、普通は逆なんじゃないのか、ってなものですがそこは奇才の考えること、そうそうに割り切れるものじゃありません。

いやほんとにね、『アンチクライスト』は、ラース・フォン・トリアー作品に対してそこそこ免疫のある僕でも、相当にキツい内容だったし、難解なうえに「痛み」を伴うグロテスクさが全編を覆っていて、正直「二度と観たくないや」と思った作品だったんですけど、今回の『メランコリア』はトリアー作品のなかでも「わかりやすい」内容だったし、なんといっても映像の美しさ、特に冒頭8分間のシークエンスの筆舌にしがたい荘厳かつ美麗な映像は、何度も繰り返し観たいと思わせるものでありました。


映像もさることながらキャスティングの多彩さ、というか、ジャンル・ファンにはお馴染みの面子が一堂に会するところなんて、監督の観客へのサービスだと思いましたね。

この監督、そんなに丸かったかな? いや、丸くなったのかな? と思いつつも、本作がカンヌ映画祭で上映された際に、ヒトラー擁護の発言で映画祭を追い出された(隣に座っていた主演女優キルスティン・ダンストの呆れ顔が傑作だったというのは不謹慎か)という話題もふりまいたので、監督自身のお人柄は何ひとつ変わってやしないのでしょうけど。

メランコリア1
さて、今回の物語はひらたくいえばSFパニック映画。

巨大な惑星メランコリアが地球に衝突するまでの数日間を描いたもの。
でも、SFX満載のエンターテインメント・ムービーというわけではなく、そこはラース・フォン・トリアー、一筋縄ではいきません。

映画の内容は2部構成。
第一部「ジャスティン」。
ヒロインのジャスティン(キルスティン・ダンスト)は、婚約者のマイケル(アレクサンダー・スカースガード。ステラン・スカースガードの息子さん)とともに、姉夫婦の暮らす大邸宅で開かれる披露宴へと向かっていますが、長細いリムジンは大邸宅へ続く細くうねった道をなかなか進むことができません。
ここで右往左往する登場人物の描写はまるでコメディです。

2時間遅れで大邸宅に到着したジャスティンとマイケルに、姉のクレア(『アンチクライスト』でとんでもない演技を披露してカンヌで最優秀主演女優賞を受賞したシャルロット・ゲンズブール)と姉の夫で天体マニアのジョン(キーファー・24・サザーランド)はカンカン。
これまたカンカンに怒っているウェディング・プランナー(ウド・処女の生血・キアー)なんて、ジャスティンの顔など見たくないと、わざわざ彼女の顔を見ないように片手で顔を隠してます(←大爆笑)。

ここで天体の異変を示唆するちょっとしたエピソードが挿入されますが、このあたり、まったくSFパニック映画の様相はほとんどありません。

披露宴にはジャスティンの母ギャビー(シャーロット・未来惑星ザルドス・ランプリング)や父デクスター(ジョン・エレファントマン・ハート)、ジャスティンの会社の上司(ステラン・ドラゴンタトゥーの女・スカースガード)などが参列していますが、デクスターはギャビーと別れていまは両隣に二人の愛人をはべらせているし、それを見てギャビーはイライラ。挙げ句に頼まれもしないスピーチでは「あんたら結婚なんてやめちまえ!」などとわめいて顰蹙を買う始末。

そんな状態なので、ジャスティンも次第に気分が悪くなってくる。
で、披露宴を抜け出して屋敷内のゴルフ場で放尿したり、ケーキカットだってのに勝手にお風呂に入ってたりする。
そんな彼女の態度に周囲の人々、とりわけ姉のクレアや婚約者のマイケルはイライライラ・・・。

で、いろいろあって披露宴どころか結婚までが無茶苦茶になってしまう顛末が描かれるのですが、ここでのジャスティンの描写が鬱病だなんだ、なんてあちこちで書かれてますけど、これなんていわゆるマリッジ・ブルーなんじゃないのかな。
それが他人よりも程度が強かったもので、それが情緒不安定になった挙げ句に、奇異な行動に走ってしまったわけでしょ。
とにかく、この第一部は喜劇として見てもじつに面白いエピソードでありました。


第二部「クレア」。
披露宴が無茶苦茶になって数週間後。
情緒不安定がますます募るジャスティンは、ふたたび姉夫婦の屋敷にやってきます。

姉夫婦には幼い息子がいまして、彼はジャスティンのことを「スティール・ブレーカー(鋼鉄の破壊者?)」と呼んで慕うんですけど、精神がボロボロになっている彼女にとっては皮肉な呼び名ではありますな。
さて、ジョンはもうすぐ惑星メランコリアが地球のそばを通過するってんで、その天体ショーが待ちきれずウキウキ。
夫に対してクレアはそれが不安で仕方がなく、「その時」のために毒薬を買ってタンスに忍ばせていたりする。

そんなクレアにジョンは、木の棒の先に針金で輪を作り、それでメランコリアを眺めて輪をその大きさに合わせる。数分後、その輪よりもメランコリアが小さくなっていたら、地球から遠ざかっている証拠だと、無茶苦茶回りくどい説明で納得させるわけです。
で、いよいよメランコリアが地球を通過するその夜、たしかに時間の経過とともにメランコリアは輪よりも小さくなって、クレアは安堵するのですが、翌日・・・、おっとここからは書けない書けない。


第一部にくらべて第二部は、メランコリア接近に対して落ち着かないクレアの描写もあって、第一部のようなユーモアはまったく感じられず、危機感や焦燥感漂う内容になっています。
が、そんなクレアとは対照的にジャスティンは、惑星メランコリアの姿に見とれる(夜の河原ですっぽんぽんになって、恍惚とした表情で星を見上げてたりする)ばかりか、「邪悪な地球なんて、破滅してしまったらええねん」とまで言い放つ始末。

そんな彼女に「あんたのその態度がたまらなく腹立つわ」と愚痴るクレア。
で、そうこうしているうちに物語は驚愕のラストに突入するという流れ。


メランコリア2
厳密にいえば、本作は冒頭の8分間の映像があるので三部構成というのが正しいのであって、その冒頭のシークエンスは、トリアー監督が好んで用いる超スロー映像。

ジャスティンのどよ~~~んとした表情のどアップから始まり、地球滅亡を示唆するような映像が連続して登場します。

じつに抽象的な映像も登場するのですが、それらが意味するものもその後に展開される二部構成の物語を観るうちに「ああ、あれはこれのことを描いていたのか」と。

そんなところからも本作のわかりやすさにつながっていると思うんですよ。


一応は、SFパニックものではあるのですが、地球規模の物語をかなり狭い世界で描く、たとえばM・ナイト・シャマランの『サイン』(02)のような映画。
なんせ、そんな大変な事態になっているのに、劇中では登場人物以外の人々の描写なんてまったくなくて、唯一、クレアがパソコンで惑星メランコリアの軌道を確認するところのみが、いわゆる唯一の「外部」との接触なんです。

もちろん、本作が単なるSFパニック映画ではなくて、邪悪な地球=ジャスティンの内面で、それを破壊する惑星メランコリア=閉ざされたジャスティンの心を解き放つもの、と置き換えることも可能であるし、監督が本作をハッピーエンドだと語ったのも、おそらくそういうことなんだろうな、ということがすぐに理解できるように、本作のテーマはじつに明解なんですよね。


あ、そうそう、極々個人的な好みの問題なんですけど、僕はどうもキルスティン・ダンストという女優はねぇ・・・、あのなんといいますか「おばちゃん顔」が、どうも・・・ねぇ。

ポスターアートにもなっている、ミレーの「オフィーリア」を模した彼女の姿は、冒頭8分間の映像の中で展開されますが、確かに「絵」としては美しいんですけど。
もっとも、本作では『アンチクライスト』に続いて、カンヌ映画祭にて最優秀主演女優賞を獲得した作品ですから、もちろんトリアー監督の女優の撮り方の巧さと、それに応えたキルスティン・ダンストの演技力は、こりゃぁ十分評価に値するものです。

ただ、もともと本作のヒロインであるジャスティン役はペネロペ・クルスが演じる予定だったそうで、彼女のスケジュールが合わなくなってキルスティンに交替となった経緯があることを考えると、う~~~ん、いろんな意味で複雑ではありますが・・・。



メランコリア
さて、本作の音楽には、リヒャルト・ワーグナーの歌劇「トリスタンとイゾルデ」から「前奏曲」が使われています。

冒頭8分間のシークエンスの映像の荘厳さと、音楽の荘厳さがじつに巧みに溶け合っており、それによるスペクタクルなイメージには思わす酔ってしまうほど魅力的。
その後の劇中でも、ジャスティンが精神的に不安定になってくるとこの音楽が流れ出すというパターン。
音楽が映画の一部、というか切っても切り離せない存在であることを、再認識させられるケースといえましょう。

リチャード・ヘイン指揮、シティ・オブ・プラハ・フィルハーモニック・オーケストラの演奏。

サントラはダウンロードのみの販売となります。
Melancholia (Original Soundtrack) - Richard Hein & シティ・オブ・プラハ・フィルハーモニック・オーケストラ


(TOHOシネマズなんば・別館にて鑑賞)

【採点:100点中80点】



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