大人になったら連れてったる。 


僕が映画好きになったのは、両親の影響がとても大きかった。
特に父親は、日曜日ともなると僕を映画に連れて行ってくれたものです。

ただし、映画の前に住之江なり尼崎なり、そこで競艇を何レースかやってから、というのがほぼ毎回お決まりのパターン。
思えば小学校の低学年、いや、ひょっとしたら幼稚園児くらいの頃から、ボートレースに熱狂、いや、金儲けに熱狂する、やけに白い紙で刷られた新聞と水色のキャップのついた赤エンピツを持ったむさくるしいオッサンたちにまみれながら、僕自身は売店のイカ焼きをパクつきつつ、

「早よ、レース終らんかなぁ」

と、映画館へ行くことを辛抱強く待っていたものです。

2~3レースやって、ようやく映画へ。
で、幾らか儲かったらロードショー館、負けたら名画座というのもお決まりのパターン。
僕自身は一度に2~3本の映画が観れるということで、名画座へ行くほうが好きだったんですけど、それでも内装がキレイなロードショー館へもたまには行きたいなぁ、と。
今から考えれば、名画座へ行くことのほうが多かったことを思えば、父はあんまりレースで勝ったことはなかったのかもしれません。


で、映画館へ行くわけですけど、その頃にはお昼を回っている。
子供としては食堂などへ行って、お子様ランチでも食べたいところですが、父が連れて行ったのはたいてい「立ち飲み屋」。

特に新世界(ここの映画館、「新世界国際」へはよく行ったものです)へ行った日にゃ、立ち飲み屋で「どて焼き」やら「おでん」を食べつつ一杯ひっかけるわけです。幼い僕を連れて。
いまでもおぼえているのは、新世界だったかのどて焼き屋で、店のおばちゃんが、

「こんな小さい子の食べるもんはあるかいなぁ」

と言うので、

「たまご(おでんのゆで卵のこと)、ちょ~だい!」

と言ったらば、ゆで卵を何個もおまけしてくれたことがありましたよ(他のものも、ちょ~だい! と言えばよかった・・・)。

こんなことを書くのは、先日、知人のT氏と夜にライブに行く前に、夕方に落ち合って新世界でいっぱいひっかけたんですが、その際にそんな父とのことを思い出したもので。

父は僕が大人になったら、新世界で一緒に飲みたかったようで、それは僕が東京から帰郷した頃に叶ったわけですが、その後は難波で一度飲みに行ったくらいで、結局、父親と外で飲んだことって2回くらいしかなかったんですよね・・・。
まぁ、もともと父親もあまり外で飲むタイプではなく、映画や競艇に行った日にちょっとひっかける程度。
そんな父でしたから、僕自身もあまり外で飲むという習慣がありません。
今回のように知人のT氏とくらいですかね、会社の飲み会以外で外で飲むのは。



話は父親と映画に行った件に戻りますが、たとえば新世界の名画座なんて、はなっから子供の観るような映画なんてやってない。
そもそも、映画館のある地域の人々のことを考えると(ちょっと偏見、入ってますか?)、そんなの当たらないと映画館側もふんでいたのか、いわゆる文芸作品の類いの上映もなかったと思いますねぇ。

つまり、大人向けの映画をそんなガキンチョの頃から観ていたわけで、当然子供の頭では理解できない(娯楽映画ばかりでも)作品もある。
そんな時には、父に、

「あれはどういう意味やったの?」

と尋ねると、

「おおきなったら(大人になったら、の意)、わかる」

あるいは、

「おおきなったら、教えたる」

という返しがほとんどでした。


東大阪は布施の名画座で『未来惑星ザルドス』(74)を観た時も、

「あれはどういう意味やったの?」

と父に尋ねると、

「これは子供には難し過ぎるわ。大人になったらわかる」

と、いつもとちょっと違った返しだったので、この映画は相当に難しい内容だったんだと幼心に思ったものですが、実際に観終わって、
でっかい顔の空飛ぶ石像と、赤フン&胸毛のショーン・コネリーと、すっぽんぽんのおね~さんによよる泥レスの映像しか印象になかった
この映画には、難解というよりもヘンな映画というイメージしか当時の僕にはありませんでしたけど・・・。

あ、もちろん、「大人になった」僕には、この映画の素晴らしさ(けっこう好きなんですよ、これ)は十分理解していると思いますけど、それでも観終わった時に残る映像は、
石像と赤フンと泥レス
だったりしますが。


さて、そんな父と一緒に映画へ行く時は、基本的にはミナミ地区が多かったんですけど、

「社会見学や」

といって、けっこう大阪市内のあちこちへ僕を引っ張っていったものです。

とりわけ、路上生活者の方が多くいるようなところへは、おそらく父にはそれを「反面教師にしろ」という考えがあったのかもしれませんが、よく引っ張っていきましたっけ。


しかし、そんな中でも絶対連れて行かなかったところがありました。
それが、新世界はジャンジャン横丁を南に抜けて、「山王」の横断歩道から南側の地域。

いつも新世界へ行くと、そこまで行って横断歩道を渡らずに地下鉄の駅へ降りたり、そのまま引き返したりするわけです。

ある日、

「あっちの方へは行かへんの?」

と横断歩道の向こうを指差して尋ねると、

「子供はアカン! 大人になったら連れてったる」

と言うのです。

以後、その横断歩道から南側へは、たとえば僕が一人で新世界へ行っても、一度も行ったことがなかったのです。


・・・が、先日、知人のT氏(仮名)と新世界で一杯ひっかけて、次の予定までしばらく時間があるというので、T氏(仮名。あ、しつこい?)がどこへ連れて行くのかと思いきや、その僕自身の禁断の地」だった「山王」の横断歩道の南側ではありませんか!

なんのことはない、僕の住む奈良県内でいえば、大和高田の天神橋筋商店街のように、いわゆるシャッター通りと化した商店街が続いているだけ・・・。


とはいいつつ、道のあちこちに大阪の下町の独特な空気が漂っています。

しばらく歩くと、ああなんと、そこには「トビタシネマ」&「トビタ東映」があるではないですか!
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新世界でいうところの「新世界国際」のような名画座で、ここはけっこういいプログラムを組んでくれて、しかも入場料金は安い(まぁ、名画座ですから。それでも大人800円は安いよ)、関西の映画ファンにはお馴染みの小屋。


その日は、かつて変態殺人鬼一家の一員を演じて、いまやふつうの好青年役ばかりやってるマシュー・マコノヒー主演の『フールズ・ゴールド』
デンマーク映画『誰がため』
ラッセル・クロウの『ロビンフッド』という素ン晴らしいラインナップ。

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近々、『キック・アス』もかかるみたい(思わず写真に撮った立て看板。ちょこっとだけ『キック・アス』の文字が)。

併設している「トビタ東映」では、鶴田浩二主演の『任侠列伝 男』
♪ララバ~~~イ、オオオオオブユ~~~ゥ♪(ジョー山中、病魔に負けるな!)の『戦国自衛隊』(けっして「~1549」ではない)、
僕の涙腺を猛攻撃した『おくりびと』という、わかったようなわからんような、奇妙なラインナップ。

す、す・・・素晴らし過ぎる。


そういえば、以前、知人のB氏(仮名)が、

「あそこ(「トビタシネマ」)はいい映画やってるので、行ってみたらいい
よ」

と薦めてくださったことがありましたっけ。
そうか、こんなところにあったんですねぇ・・・。
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意外だったのは、新世界国際のような独立した小屋かと思いきや、マンションの1階が映画館という作り。
映画館の上は高層マンション(それも比較的新しい感じ)ということで、なんだかけっこうオッシャレ~~~なその外観は、僕が想像していたのとはかなりかけ離れていました。
とはいえ、実際に中に入ったわけじゃないし(じゃあ、中はオッシャレ~~~じゃないのかぃ? ってことになりますが、ちょっと気になる立て看板が入り口にあったので・・・。








でも、そこでふと疑問に思ったのは、たとえば、僕が幼い頃からこの映画館はここにあったと思うし、別にここへ幼い僕を連れてきてもなんらおかしくなかったのに、なんで父は「山王」の横断歩道を渡るのを躊躇したんだろう? ということ。

そんなことを考えてると、T氏(しつこいようですが、仮名)が、

「ほな、もうちょっと先に行きましょか」

と。


え? まだこの先に何かあるの?

そこから歩いて数分・・・。




なるほど。

父親が、

「大人になったら連れてったる」

と言ったわけが、ウン十年たってようやくわかりましたとさ。
(その先は、詳しく書かない、もとい、書けない)



帰宅して、数年前に亡くなった父の遺影に、

「あの横断歩道の向こう側、行ってきたぞ」

と報告したのは言うまでもありません。


しかし、

いくらなんでも、父親と一緒に歩きたくないなぁ、あそこだけは。


※何度観ても、楽しい映画ですねぇ、『未来惑星ザルドス』。


※レトロ建築に興味のある僕としては、一度は実際に観たい建物でした。
やっぱり、実物を見るとその風格っていうのかな、伝わってくるものがありますね。
ただ、周囲の高速道路&高層マンションが立ち並ぶという、視点を変えると超現実的な印象もあって、やっぱりあそこは「いろんな意味」で浮世離れしているなぁ・・・と実感しました。





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