FC2ブログ

■『カムイ外伝』■(映画) 


カムイガイデン

白土三平の原作劇画(かつて劇場版アニメにもなった「スガルの島」が原作)を、崔洋一監督が実写映画化。
当初、スガルを演じていた菊池凛子の撮影中の事故により製作が大幅に遅れたものの、代役として小雪が登板。無事映画は完成したという経緯がありました。それはともかくとして、製作情報が伝わった際に大いに気になっていたのは脚色を宮藤官九郎が担当しているということ。
彼特有の小ネタだらけでくすぐりを入れる作風にはイマイチ肌が合わない僕としては、白土三平の世界をもさぞかし原型を留めないほどにいじくりたおしてるんだろうなぁ、と危ぶんでいましたが、出来上がった作品は意外なほどに原作の雰囲気を保った脚本になっていたのは嬉しい誤算(というか、いかにクドカンでも「侵せない領域」だったのかも)でした。

そもそも、崔洋一監督とアクション映画という結びつきも、これまでに例を見ないものであったし、たとえそれが企画物のひとつであったとしても、たとえば最下層の出身者である主人公の設定という点をみるに、監督なりの切り口による深いドラマを堪能させてくれるだろう、むしろ、アクションの割合よりもドラマ部分のほうが多くてもいいとさえ思っていました。
が、本作が全国一斉ロードショー作品ともなると、映画会社としても人間ドラマ重視では興行的に難しいと判断したのでしょうか、出来上がった作品は想像するに監督が作りたかったであろう内容と映画会社側との意見の相違が交じり合った、なんともすっきりしない、言ってみれば気持ちの悪いシロモノになっていました。

無益な殺戮に愛想を尽かし、「抜け忍」となった手練の忍者カムイ(意外と適役の松山ケンイチ)は、「追忍」の手から逃れる日々を送っておりました。その中で出会った漁師半兵衛(小林薫。こういう俳優がいると映画は締まりますね)との妙な縁で彼の住む島に逗留することになるカムイ。彼はそこでかつて自分と同じく「抜け忍」となって行方不明となっていたスガル(小雪。見事なアクションを披露。もはや代役ではありません)の姿を見かけます。彼女は半兵衛の妻となり子供も授かってつつましく島で暮らしていましたが、自分の身上を知るカムイを警戒します。しかし、カムイもまた「抜け忍」であることを知り、さらに娘のサヤカ(大後寿々花。すでに色気を備えてますねぇ)がカムイに好意を抱いているのを知り、共に島で暮らそうとするのでした。しかし、その平和な島にも刻一刻と魔の手が・・・というお話。
そこに非情かつ頭の線がキレた領主水谷軍兵衛(佐藤浩市。彼の怪演もまた見もの)の悪政や、近海に出没し漁師を襲うサメを退治する「渡衆」の首領不動(白土三平の劇画そのまんまな顔の伊藤英明)などが物語に絡んできて、映画は終始殺伐としたムードが漂います。

とにかく、殺陣や忍法が展開される場面における残虐ムードは、たとえば血糊の量や人体破壊などゾロゾロ登場いたしまして、たとえばカムイの必殺技である「飯綱落とし」により首の骨を折られるミクモ(出番は少ないながらもこれまた怪演の芦名星。空を飛んで襲ってきますよ)の断末魔の場面や、半兵衛が水谷軍兵衛の愛馬を襲撃しその片足を切断する場面、巨大なサメが漁師を襲い海面に食い散らされた人々の部位が漂う場面などなど、それこそ冒頭からラストまでエゲつないシーンのオンパレード。それに加え、カムイの身分ゆえに農民たちから迫害を受けるという、全国一斉ロードショー作品では扱いにくいだろうシークエンスも、わずかながら挿入するところをみるに、監督以下スタッフのいかに原作のムードを守ろうとした姿勢がうかがえるというものです。

ただ、やっぱりそれでは映画会社も本作を「商品」としてみた際に問題ありと判断したのか、SFXを駆使したアクション・シーンなども随所に配置して、本作が虐げられし人間の鬱積したパワーが爆発するドラマではなく、あくまでエンターテインメント娯楽超大作として売ろうとするところに、当然ながら無理が生じてしまっているのです。
いや、そういう軋轢ゆえなのか、監督自身の演出もどうも的外れというか、方向性が右往左往している気がしてならないのです。

とにかく見ていて強烈な拒否反応を起こしたのが、原色バリバリなその色彩感覚。
オープニング近くのスガルを襲撃する幼きカムイとのシークエンスでも、「妙にドぎつい色づかいだなぁ」とすでに違和感を抱いていたのですが、さらにその違和感が顕著なのが海の場面でわざわざ海面を「藍色」で塗りたくるという意味不明な演出。いったいそこに何の意味があるのでしょうか?
挙げ句の果てに、冒頭から延々流れてしばしば観客の思考回路を停止させる、重厚でありながら無用の長物である山崎努によるナレーション(に加え、カムイの過剰なモノローグも蛇足)が、その海の場面に「どこまでも藍色の海が・・・」などと馬鹿丁寧に流れるところを見ても、なんだか違うんです。
四国の松山藩が舞台なのに、登場するのはピーカンの南国の島のごときロケーションというのも・・・。その中で描かれるのは殺伐とした物語という、見た目と内容がちぐはぐで一致していないんです。こんなのが全編にわたって見受けられるんですよ。

しかも、ウリである(?)アクション・シーンにおけるとんでもなく出来の悪いSFXには、思わず口あんぐり、かつ失笑モノ。
無論、人間の能力を超えた忍法が次々登場するアクション・シーンですからSFXを駆使しないと映像化できないのはわかります。しかし、それらがことごとく間延びしていて映像のテンポを乱すこと乱すこと。このあたりは監督も慣れてらっしゃらないのか、見ていてちっとも躍動感がないのは、アクションエンターテイメントとしても致命傷。唯一、谷垣健治による生身のアクションシーンの迫力に、すべてを委ねている感がありますが、ウリのアクションに統一感が無くてどうするんだ?
また、獰猛なサメもすべてCGで描かれており、その出来もよろしくない。どんな内容かもすでに忘れてしまった滝田洋二郎監督の『釣りキチ三平』における、違和感最上級な魚群とまったく同じクオリティというのが・・・。そんなところに手間ひまかけるなら、もっと他に力を入れるところがあるだろう、と、ちょいちょい現実に引き戻してしまうのは映画として大いに疑問があるところ。

物語は陰陰滅滅。しかし画面は原色だらけでピーカン。SFXはお粗末。
とはいえ、演じる俳優たちは総じて適材適所でキャスティングには文句のつけどころはなし。また、本編では中途半端にしか描けなかった、カムイが抱える「業」を見事に表現した岩代太郎のスコアの秀逸さなど、すべてがダメだというわけではなく、総合芸術として評価できる部分もあるのですが、撮影中断のトラブルに端を発することとは思いたくはないけれど、どうも製作陣隅々にまで意識統一がなされていない、至極残念な映画だったという印象しか残りませんでした。
あえて印象に残っているものといえば、松山ケンイチに添い寝するもろ肌脱いだ大後寿々花くらいでありました。

(MOVIX橿原にて鑑賞)

【採点:100点中45点】


※白土三平による本作の原作劇画。
昔、近所の接骨院で読んだおぼえがございます。



※あくまで松山ケンイチファンの方のみのアイテムかと。
個人的にはあのフンドシがなぜ「ズレなかったのか」、そのメイキングが見たいものよ。



※むぅ・・・。



コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://binsan67.jp/tb.php/12-97bc080f