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■『恐怖』■(映画) 


キョウフ
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なんでも、脳の側頭葉と前頭葉の境目には「シルビウス裂」という溝があるそうで、そこを刺激すると本来見えないものが見えてしまうらしい。
そんな実験が実際に行われたというのも、ほげぇ~~~ってなものですが、それをテーマにしたのが本作。


かつて、太平洋戦争中に日本軍が占拠していた満州にて、その「シルビウス裂」をいじくる実験が行われていた。
その記録フィルムを見てしまった脳神経外科医の悦子(片平なぎさ)とその夫。

悦子は、
「ぜひぜひ私もあんな実験をやってみたひ!」
と興奮。

やがてフィルムからは妖しく白い光が放たれ、その光の向こうにあるものこそ被験者にしか見えない「何か」であることを悦子は確信するが、あとうことか一部始終を幼い娘みゆきとかおりも見てしまったのであった。
(夫婦でエ●ビデオをこっそり見ているのを、娘に目撃されたようなもんですな)

それから17年後・・・。

みゆき(中村ゆり)はそのフィルムを見て以来、死ぬことばかりを考えてしまう。
父はすでに自殺して他界している。
みゆきは面識のない若い男女たちとともに、ワゴン車でもって練炭による一酸化炭素中毒による自殺を図る。
が、気がついたみゆきは、自分たちがとある医療施設に監禁されていることを知る。
その施設こそ、17年前に記録フィルムを観て以来、「シルビウス裂」をいじくる実験に取り付かれてしまった悦子のおそるべき実験室なのだった。
悦子は娘であるみゆきと思わぬ再会を果たすも、躊躇することもなく娘の頭蓋骨を剥がしては、実験を行うのであった。

結果、みゆきは「普通の人には見えないものが見え」てしまう。

数日後、みゆきは同じ施設に監禁されている集団自殺のメンバーだった理恵子を連れて施設を脱走する。
一方、みゆきの妹かおり(藤井美菜)は、突如として行方不明になった姉みゆきの行方を追う。
やがて、姉の失踪は母親に関連があることを知るや、かおりは母悦子のもとを訪れる。
が、悦子はかおりをも自分の実験材料として利用しようとするのだった。
果たして、この壊れてしまった母娘の未来や如何に・・・。

ってなお話。

監督、脚本は、かの『リング』(98)を脚色し、日本中を恐怖のどん底に叩き込んだ高橋洋。
いわば、Jホラーの中心人物ともいうべき存在である。

彼の本格的な長編映画第1作(あれ? 『ソドムの市』(04)ってのは違うのか?)ということで、これまでの経歴からすれば、そりゃあもう、相当におっそろしぃものを見せてくれるんだろうと期待が高まるのも無理はなかろう。
プロデュースは一瀬隆重、となるとこりゃあもうお膳立てはバッチリってところ。
話は反れるが、一瀬Pは「Jホラーシアター」なるプロジェクトを立ち上げていて、今回の『恐怖』は6作目にあたり、これにて打ち止めとするそうな。

いやいや、そもそも「Jホラーシアター」なるプロジェクト自体知らなかったよ・・・。
『感染』(04)、『予言』(04)から始まり、『叫』(07)『怪談』(07)もそのプロジェクトの一貫だったそうで、その最終話(って表現でよろしいのかな?)が今回の『恐怖』。


が、これがちっとも恐くなくってねぇ・・・。

正直、ちびりそうになるくらいの、それこそ恐怖を味わえるだろうと思ったが、肩透かし以外のなにものでもなく、これには相当に落胆した。

「シルビウス裂」を刺激することで、常人には到達できない領域への興味と、それが醸しだすなんともいえない気持ち悪さを「恐怖」として描こうという意図はわからなくもない。
ここは、昨年公開されて話題となったフランス製ゴア・ムービー、『マーターズ』(08)にも通じるテーマであると思う。

しかし、本作では時間の問題か、予算の問題か、はたまた最初からそういう流れだったのか、肝心なそのテーマの部分を明確にしないまま終ってしまう。
いや、明確にしたのが「アレ」だったのならば、かつて、「ブラックホールの向こう側が明かされる」という、ディズニー製作のSF大作『ブラックホール』(79)という映画があったが、
「え? ブラックホールの向こう側って・・・」
と、呆気に取られたあのラストを目の当りにした時と同じような印象である。

いや、今回はそれ以上に呆気にとられるラストが用意されていて、もうそのあたりになると完全に本作に対する興味はすぅ~~~~っと醒めてしまった。
闇に対する恐怖ではなく、光に対する恐怖という、ある種の実験的ともいえる本作の意図はユニークだったのだが・・・。


むしろ、本作における恐怖は、娘への母親としての愛情がまったく欠落してしまった、悦子というキャラなのかもしれない。
実の子に対する虐待や、それがエスカレートして死に至らしめる親の事件が連日のように新聞紙面に掲載される現状を見れば、本作の悦子というキャラはまったくの絵空事ではなく、それを考えるとたまらなく恐怖である。
が、こちらは本作にそんなことを求めているんじゃない。
奇想天外なフィクションから醸しだされる恐怖を楽しもうと思っているのに、監督としては意図してなかったことかもしれないが、現実問題がチラチラ見え隠れするってのはねぇ・・・。


さて、演出面で言えば、冒頭に提示される満州での人体実験フィルムのくだりから、みゆきの集団自殺のシチュエーションまでは、得たいのしれない恐さ(というよりも、気持ち悪さといったほうがいいかもしれない)もあったが、その後物語が進んでいくにつれ、テンションは下降の一途をたどる。

なによりも監督の演出がお世辞にも巧いとはいえず・・・(それは一瀬Pもパンフ掲載のインタビューで彼自身示唆している。演出力よりもストーリーテリングの妙を評価しているというのだが・・・)。
前作、『狂気の海』(07)の終始ハイテンションな演出には、それを劇場で観ることができなかったことを悔やんだほどにのめり込んだもので、それもあっての本作への期待だったのだが、考えてみれば上映時間30分少々の『狂気の海』ゆえ、監督のテンションも30分が限度だったのかもしれない。

まさに、本作のテンションも開巻後30分まで。
その後は、容姿が変貌したみゆきを演じる中村ゆりや、狂気の演技を披露する片平なぎさ、重鎮高橋長英といった、これだけの逸材を旨く使いこなせているとはいえず、レンタルショップに並ぶ海千山千の低予算ホラームービーの一本に過ぎないその仕上がりには、これがはたしてJホラーを牽引してきた人物の作品なんだろうか?、と我が目を疑うとともに残念至極でならなかった。


さらに、高橋監督がぜひ主役にと起用した藤井美菜の演技も、お世辞にも巧いとはいえず、いや、彼女を擁護するならば、片平なぎさに中村ゆりというアクの強い周囲の演技のなかでは、彼女も相当に分が悪い。
というか、そもそも本作において彼女が演じるかおりというキャラ自体、本当に必要だったのか? と疑問もわいてくる。
それは、観ている間も感じたことだが、本作のラストシーンを観てさらに確信した。
それについての詳細はここでは触れない。
だが、映画をご覧になった方には、僕が何を言わんとしているか理解してもらえるものと思う。


ところで、本作のタイトルである『恐怖』から、最初に連想したのは楳図かずお原作の劇画である。
てっきり、本作はそのなかの一編を映画化したのかと思ったほど。

なんせ、高橋監督といえば、『おろち』(08)を脚色した人物でもあるからなおさらのこと。
いや、「恐怖」でなくても、脳手術だとか母親の娘への通常ではない感情は、『洗礼』そのものではないか。

しかし、本作に関する監督のコメントやインタビューを読んでみると、まったく楳図かずおの名前は出てこない。
あくまで、監督が実際に見たという「シルビウス裂」の実験フィルムが本作のアイデアだという。

意図的に楳図かずおの名前を出さない(それは監督のみならず、周囲のマスコミにおいても)のか、ほんとに楳図かずおに対するリスペクトがはなっからなかったのか、このあたりがまさに、得体の知れない恐怖であった。


最後に、本作は大阪は梅田のテアトル梅田で観た。

内容が内容だけに、なんでこんなにガキンチョ、もとい、お子様が劇場内をうろうろしてるんだろうなぁ~~~、と思ったら本作の上映前に同じ小屋で『アンパンマン』が上映されていたのだった。

朝から『アンパンマン』、午後は『恐怖』と、こういうプログラムを組んだテアトル梅田は、じつにス・テ・キだと思う。

(テアトル梅田にて鑑賞)

【採点:100点中20点】


※本作のノベライズ。
本編のみでラストの解説なし。っていうのも、案外「恐怖」なもんだなぁ。



※本作では白目を剥いていた中村ゆりの熱演が堪能できる、『パッチギ!LOVE&PEACE』。
役柄によって、よくもこう変貌するものだ。
さすが、女優魂!!



※高橋洋監督の前作。
この面白さ、テンションの高さは、ぜひご家庭で堪能あれ!





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