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■『ソラニン』■(映画) 


ソラニン
浅野いにおによる「ソラニン」が宮あおい主演で映画化されると聞いた時、それだけでも映画は成功だろうなぁ、と思ったのは僕だけでしょうか。

あのヒロインを実写化するとしたら、彼女が容姿、ぴったりだと思いますし。


コミック雑誌といえば、休刊してしまった「ヤングサンデー」しか読んでなかった僕としては、そこに連載されていた「ソラニン」の存在はもちろん知ってはいたものの、正直なところ熱心に読んでいたわけでもなく、いつもサラサラっと目を通すくらいなものだったんです。
いわば熱心な読者でもなかったので、映画化されたとはいえ、極々個人的にご贔屓な女優である宮あおいが主演じゃなかったら、観に行ってたかどうか。

映画ファンを自称しながらも、そんなミーハーな理由で観る映画を選んじゃいけませんねぇ(自戒)。


ということはさておき、この映画、熱心な読者ではないと前置きをしたうえですけど、けっこう原作の雰囲気を伝える作品に仕上っていたんじゃないかと思います。
もちろん、主演の宮あおいもよかったんですけど、共演の高良健吾(彼はほんとにいい雰囲気をもった俳優ですわ)、桐谷健太伊藤歩(かねてから彼女の化粧の濃さにちょいと抵抗があったんですが、今回の彼女はよかったです)もさることながら、サンボマスターの近藤洋一が実にいい味を出していて、個人的にはツボでした。

ま、サンボマスターったって、『恋の門』(04)の時のサントラくらしいしか、彼らの音楽は知らないんですけどね、


映画は、同棲しているOLの芽衣子(宮あおい)とフリーターの種田(高良健吾)の姿を中心に描かれていきます。
自分たちの将来に、確固とした自信や希望が持てないまま、日々を過ごす主人公たちでしたが、ある事件をきっかけに、芽衣子を中心に新たなステップを踏み出そうとする。それが物語のクライマックスになってきます。
大学からのバンド仲間である主人公たちは、基本的には音楽というその一点でつながっているんですが、すでにそれだけではない深い絆があるんですね。

こういった青春群像を観ていると、いつも思うのは羨ましいなぁ・・・ということ。

高校を卒業してすぐに社会人となった僕には、この手の作品でよく描かれる大学生活という経験がないものですから、こういう友人たちとのつながりっていうんですか、そういうものがほとんどないんですよ。
いや、仮に大学に行ってたとしても、そこで友人ができなきゃ同じことなんでしょうけれど、僕自身、社会人になってから知り合った方々の話を聞いていても、それぞれに大学の時の友人というのが大きな位置を占めてらっしゃるようで、そんな話を聞くたびに、大学に行ってたらなぁ・・・羨ましいなぁ・・・って思うんですよね。


今回の映画でも、芽衣子たちは大学を卒業して社会人になっても、いい関係でつながってるよなぁ、と、映画自体に爽やかな感動をおぼえつつも、それ以上に羨望のほうが強かったです。
とはいえ、大学へ行かなかったのも自分で決めた人生だったので、いまさら愚痴っても仕方ない。
ならば後悔しないように、いまからでもいい関係をいろんな方と持っていったらいいわけで。

そういう意味では、この映画を観て、いまさらですけどポジティヴな生き方してみようやんか、ってな気分になれたので、得るものは大きかったですねぇ。


ただ・・・。

本作は音楽がひとつのテーマになっており、タイトルにもなっている「ソラニン」というナンバーが、大きな役割を果たしています。
ASIAN KUNG-FU GENERATION(アジカンって略するんですね)が作ったナンバーはいいと思うんですけど、残念ながら映画としての盛り上がりという点ではどうだったかな、という思いも残りました。
作詞を原作者が担当しているとうことで、内容としては問題ないし、エンディングの「ムスタング」というナンバーも、映画ができる前に原作のコミックにアジカンが触発されて作ったナンバーなんだそうです。

しかし、コミックにおける視覚によるものと、映画による耳から入ってくるものとでは、その印象付けは違うと思うんです。
これは、映画音楽ファンとして一言書きたいところ。

それまで読者がその歌詞を読んで頭にインプットしていて、それがクライマックスの展開によって、ある種の高揚感をおぼえるのはコミックの特性。
しかし、それを映画でしようとするならば、それまで何度も耳でそのナンバーを観客に印象付けさせなければいけない。
劇中で一度や二度くらい流れたって、せっかくクライマックスで、たとえ宮あおいが汗だくになりながら、そのナンバーを歌っても、彼女が歌う姿そのものには感銘を受けるけれど、その歌の内容まで入っていけないんですよね。

だからでしょうか、彼女が歌う場面を丸々見せる、という演出を本作ではしてませんでした。
そこには監督の意図があったのかもしれません。
ナンバーに頼るクライマックスではなく、あくまで人生の新たなステップを踏み出す主人公たちの姿を描くという意味で。

でも、やっぱり音楽は重要でしょ、この物語の流れから考えれば、ね。


そこが演出的にクリアできていれば、本作は諸手を挙げてベストに推したいくらいの完成度の高い、青春ムービー、いや、青春文学な一作になっていたんですが、映画の持つ宿命なんでしょうか、そのハードルは高かったと書かざるをえない。
ただ、それを除けば、それまでミュージック・ビデオの世界で活躍されていたという三木孝浩監督の演出は、非の打ちどころのない素晴らしいものだったと思います。


最後に、お目当ての宮あおいですけど、本作でも彼女の魅力があますところなく発揮されており、大いに満足でした。
特にクライマックスの汗だくで歌う場面は、なんというか、そこはかとないエロティシズムのようなものもありまして、よかったですなぁ・・・。

ただねぇ・・・ちょっとショックな場面がありましてねぇ・・・。

高良健吾とのラブ・シーンかって?
いやいや、すでに彼女も人妻、そんなシーンのひとつやふたつ、無い方がおかしいでしょ、ってなものですが、それよりも、彼女が煙草をふかすシーンがちょっとショックでした。

おいおい、ラヴ・シーンよりも普通じゃんって、思うでしょ。
煙草を吸わない僕には、それがショックだったんです~~~~ぅ!!
(それって、彼女はトイレになんか行かないっ! ってのと同じだろ)

(TOHOシネマズ橿原にて鑑賞)

【採点:100点中70点】


※レビューでも触れた、アジカンによる主題歌とエンディング・ソング。
いいナンバーだとは思うんですけどねぇ・・・。



※entによる、本作のサントラ・スコア。
いわゆるアンビエント・ミュージックというスタイル。
これまた、映画に合っていたと思いますが、いささか一本調子なところは否めませんでした。



※ここでいうスコアってのは、entによるスコア・ナンバーではなく、アジカンが担当したソング・ナンバーのスコア(楽譜)のこと。ややこしいですな(笑)
早いですけど、今年の学園祭にはぜひ。



※浅野いにおによる原作コミック。
続く『おやすみ、プンプン』は途中でヤングサンデーを読むのを辞めちゃったんですよね。
シュールな内容はけっこうお気に入りだったんですけど。




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