■『ルパン三世』■(映画) 







ルパンサンセイ
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作られる前からダメダメ感を醸し出している映画というのも、珍しいといえば珍しい。

こと本作にいたっては、オリジナルのアニメーションの印象が相当に強いものだから、それの実写化となると、かなり高いハードルを超えねばならない。
それに果敢に挑戦しようとするのは、活動屋としての意地なのか、はたまた単に無謀な輩というだけなのか。
逆に、そんな映画に対して1800円の入場料金を払おうとする観客側も、映画ファンとしての意地なのか、あえて地雷を踏もうという無謀なことなのか。

いや、前評判はどうであれ、「もしや・・・」と一縷の望みを託すのが映画ファンでもあるのだが・・・。

観終わって、「ああ・・・やっぱり」感が否めない中で、そんな疑問がグルグル渦巻いたのであった。
それでも、一応はヒットしているそうで、それはひとえにタイトルの持つネーム・バリューであったり、人気の俳優をキャスティングしているからだと思う。

「あの映画、むちゃくちゃ面白いでぇ!」
「観とかな、一生後悔するでぇ!」

なんて、口コミは少なくとも僕の周りではまったく見かけない。
耳に入ってくるのは、「ああ・・・やっぱり」というある種の諦めの言葉のみだ。
ということは、本作を観に劇場へ行く観客の多くは映画ファンというよりも、いわゆる一見さんのような客層なのだろう。
こういう、一見さんいらっしゃい! 的な映画が多いような気がしてならない。
まぁ、これも今に始まったことではないけれど。

主演の小栗旬も、さぞかしプレッシャーの重圧は相当に強かったことだと思う。
一度はオファーを断ったと、公開前にTVで彼自身が語っていたのを見た。

本作をプロデュースした山本又一郎氏は、数年前に小栗旬の舞台を観に行って、彼に惚れこんでしまったとのこと。
そこで、芥川龍之介の「藪の中」を、散々いじくりこねくり回した挙句、なにがなんだかわからない映画になった『TAJOMARU』(09)の主演に抜擢。
続く、『シュアリー・サムデイ』(10)では、なんと彼に監督までさせている。
そこまで彼を持ち上げるのは、ひょっとしたら何か特別な感情でもあるのでは、なんて勘繰ってしまうのは野暮だが、目も当てられないシロモノでフィルムを無駄遣いした『シュアリー~』で山本Pは懲りたかと思いきや・・・今回のルパン役のオファーである。
こりゃあ、マジで特別な何か・・・いや、それ以上はもう言うまい。


そもそも、山本Pの視線の方向は、日本国内ではなく海外なのであって、そういう意味では本作はピッタリの題材だったといえる。
ただ、本作の舞台は日本を含む東南アジアから抜け出さないのだ。
日本映画とちょっと違う空気を見せようというのは判るが、西洋人にとっちゃ、日本だろうが、東南アジアだろうが、みんな同じように見えるだろうし、これでハリウッドに殴り込みをかけるというには、どうしても頭に疑問符が点灯してしまう。

いかに、ハリウッドで映画製作の経験を積んだ、北村龍平監督を起用してもだ。
そもそも、脚本も山本Pなので、北村監督は傀儡監督のような立ち位置でしかなかったのではないだろうか。


その北村監督の演出も、どうもキレが悪い。
オープニングのまるで『エントラップメント』(99)を思わせる、美術館侵入シーンから、本来はドキドキ、ワクワクさせるはずが、どうしても苦笑しか湧いてこず、アクション映画から受ける高揚感が得られなかった。
僕としては、オープニングからちょっとつまずいてしまったわけだ。

カーアクションひとつとっても、自動車のメーターは時速80キロを指しているのに、どうみても40キロ程度にしか見えない時点でアウト。
あれは日本の道路じゃなく、海外のロケ地で撮影したんだと思う。
ならば、もっとスピードを上げることはできなかったのか?
北村監督って、これまでもっと面白いものを見せてくれたと思ったし、本作にも相当に自身のあるコメント(まあ、この方は毎度毎度ビッグマウスなんだけど)を放っていたので、多少なりとも期待してはいたのだが・・・。


出演者もそれぞれ好演していたし、スタッフ、キャストが高いハードルを超えようとしているのも判る。
でも、残念ながらそれが結果として表れてなかったのは、残念至極としか言いようがない・・・。
すでに続編を作るという話も出ているようで、パンフによれば山本Pも北村監督も乗り気なんだそうだが・・・。
どうも作り手と、それを観る側との間に大きなギャップがあるように思うのは僕だけだろうか。



ルパンサンセイ2014
スコアはアルド・シュラクが担当。

これまで幾つかのドキュメンタリー映画やTVムービーなどのスコアを担当していたが、日本ではほとんど紹介されていないかと思う。
2005年には『ケルベロス』(日本ではDVDにてリリース済み)なる、ホラー・ファンタジー映画のスコアも書いている。
他に経歴を見れば、クリストファー・ヤングが担当した作品ではアシスタントという役割も果たしている。

今回のスコアは、全編ジャズ・フュージョンのような仕上がりで、それはそれで良かったと思う。
そもそも、なんで大野雄二氏がスコア担当じゃないのだ? という時点で、音楽にも映画に対する興味も半減してしまっていた。
なんでも、最初は大野氏へ打診ははあったようだ。
そりゃ、はなっから起用する気なんて山本Pをはじめ、作り手にはなかったかもしれないけど、そこは「筋を通す」ための形式だけのものだったのかもしれない。

大野氏は多忙を理由にオファーを断ったのだという。
いや、多忙って・・・、もちろんライブ活動で全国を回ってらっしゃるけれど、それでも名探偵コナンとのコラボ作品ではしっかりスコア担当しておられたのに・・・。

大野氏もおそらく本作に対する違和感を持ってらっしゃったのかもしれない。
これはあくまでこちらの勝手な想像でしかないのだけれど。

そういうこともあって、このアルド・シュラクのスコアに対しても、正直期待はしてなかった。
が、音楽だけを聴いても十分鑑賞に耐え得る、というか、ジャズ・フュージョン・アルバムとしての機能も十分果たすサントラに仕上がっていたのは嬉しい誤算だった。
ただし、これがまた映像とのノリが相当に悪い。

本編ではシュラクのスコアが、ほぼ全編にわたって垂れ流し状態。
いや、垂れ流しという表現は辛辣だろうが、終始、バックに音楽が流れているという感じなのだ。
百歩譲って、これは山本Pなり北村監督なりが、『黄金の7人』におけるアルマンド・トロヴァヨーリのスコアのスタイルを目指したとも考えられる。
盗賊アクションにジャズがいかに合うか、トロヴァヨーリが実践してみせたあのスタイルを本作で再現しようとしたのでははいかと。
ゆえに、スコアはジャズでなければならなかったわけだ。

しかし、残念ながら本編でシュラクのスコアは、決して効果的に使われているとはいえず、先に書いたように終始垂れ流し状態。
これではせっかくのスコアが台無しである。

なお、本作のメインテーマのみ、布袋寅泰が作曲している。
これも考えてみればヘンだ。
終始、シュラクのスコアで通せばよいのに、特にとってつけたような主題歌が流れるわけでもなく、ならば全編シュラクのスコアでいいじゃないか。
本編中、もっともすぐれた見どころであった(というのも辛辣か)、エンドクレジットの映像(本編のダイジェストなのだ)で、メインテーマがフィーチャーされていたが、それを目の当たりにしたシュラクは何を思っただろう。

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