■『天使のいる図書館』■(映画) 







パンフ
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🎦香芝市ふたかみ文化センター(完成披露試写会)🎦
🎦イオンシネマ西大和(2回鑑賞)🎦
🎦大阪ステーションシティシネマ🎦


ヒロインは奈良県中西部にある広陵町図書館に勤める新人司書のさくら(小芝風花)。
奈良県の名所、旧跡、寺社仏閣等々に関する知識は相当なものだが、人と接することが大の苦手。
司書の業務の要ともいえるレファレンス・サービス(利用者が読みたい、探したい本を膨大な知識を駆使して最も適した本を提供するもの)をしようものなら、一方的な知識を押し付けてしまうがために、館長の弘美(飯島順子)から注意を受けることもしばしば。
でも、同僚の舞子(吉川莉早)はそんなさくらの知識を、誰かの役に立てることに使えればいいね、とアドバイスする。
そんなある日、図書館に一人の老婦人(香川京子)が古い写真を手にしてやってくる。
その写真を見たさくらは、そこに写っている神社を老婦人が探していると思い、司書の仕事の範疇を超えて彼女を神社へ案内するのだった。
しばらくして、老婦人は今度は違う写真を持ってやってくる。
その都度、さくらは老婦人を写真に写っている場所を案内するという日を繰り返す。
交流を深めるなかで、さくらは老婦人が図書館を訪れる本当の理由を知ることになる・・・。


というわけで、待望の映画本編が完成し、2月11日には奈良県先行上映、そして2月18日には全国上映が始まった本作。
予想以上に反響も大きく、なんと奈良県内では1ヵ月半も上映が続いたのは正直意外ではあったけれど、ほんとに嬉しいかぎりである。

初見の時にレビューを書きたかったが、感情が少しクールダウンしてから、と思っていたらこんな時期になってしまった・・・。

結局、完成披露試写会を含め、都合4回本作を観た。
(時間さえあれば、公開最終週である今週のうちに、もう一度観に行きたいものだ)

観るたびに発見のある作品で、密度が濃いのはさることながら、自分の故郷が映画の舞台になる、というそれだけでスクリーンから飛び込んでくる風景そのものは、普段自分も馴染んでいるものではあるが、映画という特殊なフィルターを通じて観るその景色に対峙するとある種の興奮をおぼえてしまう。
それが本作を観に何度も劇場へ足を運ばせる原動力になったのだと思う。



そもそも本作は、奈良県中西部の葛城地区にある四市一町(大和高田市、香芝市、葛城市、御所市、広陵町)が映画でもって地域をPRしようという「葛城シネマプロジェクト」として製作された、いわゆる地方PR映画というのが前提だ。

なので、本作に対する当初の最大の懸念は、葛城地区にある名所、旧跡が物語に関係なく、ある時はストーリーから逸脱してまでもこれ見よがしに登場するような構成になってやしないか、ということだった。
たとえば、葛城一言主神社が登場すると、
「葛城一言主神社」、
屯鶴峯が出てくると、
「屯鶴峯」、
と画面にテロップがデ~~~ン!! と表示されるような。

「あ~~~あ、やってもうた・・・」

みたいな、残念な構成になってるんじゃないか、と。

しかし、嬉しいことにそれらはすべて杞憂に終わった。

もちろん名所、旧跡、寺社等々は登場するものの、「画面がうるさくなる」ようなテロップは一切排除されている。
されてはいるが、それらは物語の背景としてうまく溶け込んでいたし、そこは図書館司書という設定のヒロインが図書館利用者である老婦人を地域の各地へ案内するという設定が、地域PR映画として巧みに機能している。
これは原案を書いた、山国プロデューサー氏のセンスが光っていたというべきだろう。
また、山国氏が本作のプロジェクトに参加した際に、単にPR映画に終わるのではなく、ドラマ性の高い作品にしたかった、という最初の打ち立てた方向性も、一本の映画としての完成度に結実している。
山国氏の原案をもとに、狗飼恭子氏が脚本に起こし、奈良市出身のウエダアツシ監督が演出を務めたこのコラボレーションも見事に功をなしていたと思う。


演出面ではヒロインを演じた、小芝風花のコメディエンヌとしての才能を引き出したウエダ監督の演出は見事! というほかない。
これまで彼女が出演した作品での役柄は、自身が醸し出すキャラクター性もあるのだろうが、どちらかといえば、たいてい真面目な少女というものが多かった。
しかし本作では、幼い頃の出来事がトラウマとなって、他人とのコミュニケーションがうまく取れないがゆえに問題を起こすヒロインを、多少オーバーアクトにコミカルに演じ、しかし、心の許せる家族の前では素の自分を出すという、まったく違った印象を持つヒロインを巧みに演じ分けた。

ウエダ監督は、自身のこれまでの作品を顧みれば、『リュウグウノツカイ』にしろ、『桜の雨』にしろ、等身大のヒロインをあるがままに描いてこられたが、本作では一歩進んで一人のヒロインの多面性を表現することに成功している。
もちろん、小芝風花という女優にもともと備わっていた才能ではあるけれど、それを見出し、最大限に引き出したウエダ監督の手腕は特筆すべき部分だ。



幼いころから映画が好きで、いつか地元が映画の舞台になったら・・・というのは、昔から思い描いていた夢でもあった。
奈良が舞台となると、どうしても取り上げられるのは鹿がウロウロしている奈良市だったり、有名な遺跡が多い飛鳥だったりと地域も限られてくるし、考古学や万葉集のファンの方には葛城地区というのはポピュラーかもしれないが、一般の方となるとなかなかそうもいかない。
葛城地区を舞台にした小説でも、たとえば五木寛之の「風の王国」や、折口信夫の「死者の書」といった素晴らしい素材はあるものの、なかなか映像化されないのは、葛城地区というポピュラー性に欠けるところに起因しているのだと思う。

たとえば、内田康夫による浅見光彦シリーズの一つである「箸墓幻想」が過去に何度かTVドラマ化されているが、これとて原作では葛城地区に比重が置かれているが、映像化されたものは無理矢理そこに奈良市が盛り込まれていて、残念ながら原作の持つ風合いというものが損なわれてしまっていた。

そんな中で、地域PR映画という前提があるとはいえ、葛城地区に特化した映画が作られたということだけでも手放しで喜びたいところだし、実際に見知った場所がいくつも映画に登場するのは、先にも書いたようにそれだけでもある種の興奮が味わえるものだ。

地域住民にとっては、宝物のような映画であるし、しかも完成した作品はPR一色の映画になっておらず(エンドクレジットの映像だけは地域PRになっていたとはいえ)、香川京子という名女優、森本レオという名バイプレーヤーの演技も相まって、見事な人間ドラマに仕上がっていたのは大いに喜ぶべきところである。

そして、スクリーンから漂ってくるのは、まぎれもなく葛城地区の空気感であり、そこに流れる風である。
それを実感できる映画に仕上がっていたことに、スタッフの皆様には素直に感謝の意を述べたい。


公開から1ヵ月半、主要都市での上映はそろそろ終わりつつあるが、嬉しいことに地元奈良県ではイオンシネマ西大和にて3月末、つまり今週末まで上映が続けられている。

未見の方は、ぜひともこの葛城地域の空気感が詰まった秀作を、一人でも多くの方に堪能していただきたいものだ。



【極私的、メーキング・オブ・『天使のいる図書館』の続き】

僕がこの作品に関わった件については、すでに別項でも詳細を書いているが、おさらいとともに、追加事項などをここで忘備録として挙げておく。
またまた、かなり長くなるのでご容赦を(笑)

本作の撮影にあたって、地元住民の方にも出演の機会が与えられるということで、セリフのあるなしに関わらず、公開オーディションが2016年8月に開催されたことは、すでに書いた通り。
普段は、観て好きなことを書いたり、自身の番組で喋ったりする映画に対し、その撮影に参加できるチャンスがあるということで、ダメ元でオーディションに臨んだが、ありがたくも合格をいただき、後日、キャスティング・ディレクター氏から役どころの連絡があった。
台本中身
その役というのは、「パジャマの中年男性」というもの(笑)

その際の説明では、図書館を自分の家のように毎日通ってくる人物、という設定で、ゆえにいつもパジャマ姿、しかも頭はボサボサというものだった。
撮影に際し、頭髪は整髪料などせず、必ずボサボサの状態で撮影場所まで来てください、との指示があった。

撮影場所である広陵町図書館までは、自宅から車で数分のところ。
車だからボサボサ頭は苦にならなかったが、もし、これを歩いて通っていたと思うと・・・(笑)
事前にいただいた台本のキャストのページにも、しっかり「パジャマの中年男性」という役名が明記されている。

う~~~ん、中年男性か・・・(中年だけど)。

台本にはセリフはなかったし、全体的に1シーン程度の出演だったので、幾分気楽ではあったが、なにぶんすべてが初めてのことで、果たして出演者、スタッフに迷惑がかかるようなことはないだろうか・・・という、そっちの不安の方が大きかった。



撮影日初日、広陵町図書館に到着し、スタッフの方に名前を告げて控室に案内される。

図書館の前では、主演のさくら役である小芝風花ちゃんと、幸介役の横浜流星くんの二人がまさに撮影中だった。
シーンでいえば、さくらが田んぼに落とした小説を、幸介が図書館へ届けにくるという場面。
図書館の返却ポストの陰に隠れる小芝風花ちゃんを初めて間近で拝見し、思わず感動・・・。
その近くにはバックパッカー姿の横浜流星くんもいるし、監督はじめ多くのスタッフもいて、実際に映画の撮影現場にやってきた、ということで思わずテンションが上がる。

それを横目に通された控室では、僕と同じくオーディション合格組の方々や、飯島順子さん、吉川莉早さんもおられて、台本に目を通してらっしゃる。
互いに、まだ相手が誰なのかよくわからない状態でもあり、僕も緊張のなか、撮影までの出番待ち。

やがて、スタイリストさんに「専用の衣装」であるパジャマを着つけていただき(こういう役でもちゃんとスタイリストさんが担当してくださった)、ボサボサ頭をさらにボサボサにすべく、ヘアスタイリストさん(こんな役でも、ちゃんと・・・(笑))が、思いっきりボサボサにしていただき、そのまま続いて出番待ち。

いよいよ撮影、ということで、助監督氏より出演者の方々の前で、

「パジャマの中年男性役の米田さんです!」

と紹介され、皆さんより拍手を受ける。
これにはそれまでの緊張が一気に吹き飛んで、心がほぐれた。


撮影は、図書館の一角で、パジャマ姿のままで新聞を広げて読んでいる、というもの。
それを図書館内に敷いたレールでもって移動カメラで撮影するという流れ。
カメラが回れば、かけている眼鏡をちょっと触ったりする仕草を入れたりした方がいいですね、というスタッフからの指示もあり、僕なりに小芝居をしてみたりする(笑)
完成した本編では、2回ほどそんな姿が映っている。

この時手渡されたのは、図書館に置かれてあった奈良日日新聞。
あまり人の顔が映っていない紙面の方がいい、とスタッフの指示で比較的文字の多い紙面を広げると、なんとそこには僕が好きな奈良県ゆかりの戦国武将である松永久秀の居城、信貴山城を整備しようという、NPO法人「信貴山観光協会」のメンバーを中心とした「信貴山城址(じょうし)保全研究会」の記事が掲載されていた。
偶然とはいえ、これはとても僕にとって演技、もとい、縁起がいい(笑)

その撮影が終わった後、しばらくその場にいたままで、小芝風花ちゃんを中心とした撮影を間近で見学させてもらった。

シーンとしては、さくらが香川京子さん演じる礼子が手にしていた、とある神社の写真の場所をようやくつきとめ、それを報告しようと一人で「フフフフ、」と笑って座っている場面。
先にも書いたが、小芝風花ちゃんって、これまで真面目な役が多かった印象があったので、いきなりそんなコミカルな場面を目の当たりにして、彼女に対する印象がいい意味で変わった。
その横では飯島順子さんと吉川莉早さんの場面の撮影。
弘美の指にあった指輪が消えているのを気づいた舞子が、それを指摘するというシーン。

「ニコニコのニコラス・ケイジですね!」

というセリフを、撮影のたびに何度も口にする吉川さん。
横で聞いてて思わず笑ってしまう。

撮影の初日はそんな感じで終った。
登場シーンとしてはその程度と思ったが、その時点であと2日、撮影に参加してくださいとスタッフより伝えられる。


撮影2日目、図書館には森永悠希くん、籠谷さくらちゃんの姿も。
本編ではラストシーンの撮影中。
その間、僕は出番はないので控室で待機。

部屋の外からは森永悠希くんの

「ねえちゃん、俺の映画勝手にまた貸ししたやろ!」

というセリフが聞こえてくる。

しばらくして、ようやく出番となり、その日は図書館の閉館時間で利用客がソロゾロと帰っていくという場面の撮影。
他の利用客はさささっと退館していくが、パジャマの中年男は、ブラブラと歩いているというもの。
本編では、画面一杯に横切る姿が映っているが(笑)、顔がフレームから切れているので、これは自分じゃないとわからないようになっていた。
2日目の撮影はこの程度で終了。


そして、最後の撮影日。
これは映画そのものものもオールアップの日でもあり、この頃になるとスタッフの方々とも顔見知りになったし、共演者の方々ともの気さくにお話しもできるようになった。
僕なんて皆から、パジャマさん、パジャマさんなんて呼ばれたりして(笑)

ほんとに、いつもそんな恰好をしているので、図書館にエキストラで参加されている方々には、その都度、

「あなたはなんでそんな恰好してらっしゃるの?」

という質問に何度も遭った。
そのたびに、

「図書館を自宅のように思って毎日通っている、という役柄なんですよ」

と説明をする。

最終日はけっこう朝早く集合がかかり、目も覚めるような秋晴れの晴天のもと、ファースト・シーンの撮影をするというものだった。
自転車に乗ったさくらが図書館へ通うところを、ドローンによる空撮で追う。
図書館利用者は図書館入り口前で毎朝行っているというラジオ体操をするという流れ。
実際、このラジオ体操云々というのは台本にはなく、当日初めて知らされたものだった。これはおそらく監督なりスタッフなりの、出演者間の交流を深めるための粋な計らいだったのかもしれない。
結果、本編をご覧いただくとおわかりのように、地域の人々の交流の場である図書館の存在を、最初に観客に強く訴える意味でもベストな設定だったと思う。

控室では飯島順子さんがパソコンでラジオ体操の映像を観て、体操の手順の確認をしてらっしゃった。
何事かと思いきや、スタッフより、

「今回はみんなでラジオ体操をやってもらいます!」

の指示に、皆の間から笑いが起こる。

図書館の前で飯島順子さん演じる弘美の号令のもと、利用者が輪になってラジオ体操をする。
そこにさくらが自転車でやってくる。
体操を終えた利用者は吉川莉早さん演じる舞子に、参加スタンプを利用者カードに捺してもらうという流れ。

図書館カード
このスタンプというのが、ウエダ監督の自前の品で、深海魚リュウグウノツカイのデザインになっている。

なんでも、監督の劇場再第1作である『リュウグウノツカイ』の撮影の際に作ったものだとのこと。

このラジオ体操のくだりは何度か繰り返され、その都度さくら役の小芝風花ちゃんが颯爽と自転車を漕いでいる姿が、かっこいいというか健気というか。
エキストラの方々の間からも「かわいい!!」と歓声が上がる(笑)

この時も、新しく参加されたエキストラの方に、

「なんでそんな恰好してらっしゃるんですか?」

という質問に遭う。

役の説明をすると、ある方から、

「じゃあ、いつもそうして図書館にいるということは、あなたが「天使」なのかもしれませんね!」

と言っていただいたのには、なんというかとっても感動した。
いや、もちろん、その方は笑いながらおっしゃっていたわけだけども(笑)

この撮影の頃は、いまでもひきずっているが五十肩に悩まされており、そんな中、撮影当日に「ラジオ体操」の話が出たもんだから、うわ、最後の最後で拷問か(笑)・・・と。
それでも、痛みをこらえつつ「ラジオ体操」に挑んだわけだが、本編では後姿での登場だった(ま、そんなもんだわな)。
スクリーンに向かって左端、図書館のポストの横で、ラジオ体操をしている姿が2回ほど本編で登場する。
また、ドローンによる空撮では、かなり米粒のようにしか映っていないが、スタンプを捺してもらって、左側のベンチ(礼子役の香川京子さんが座っておられたベンチ)に座るところまでが映っているのだが、これも本人じゃないとわからないな。

この後、引き続いて図書館内での撮影。
書架から本を物色しているところを図書館の全景という形で撮影するというもの。
本編ではラジオ体操ともども、かなり最初のほうで登場するシーン。

予告編でもかなり短いが映像を盛り込んでいただいている。
本編ではかなり長い時間映っているので、僕の顔をご存知の方ならばこの時点で、

「あ、出てる!」

と気づいてもらえるだろう(笑)
この時に僕の目の前にあったのはお酒の本が置かれている一角で、適当に手にした本は「焼酎」の本(笑)

この撮影が終わってしばらく休憩していたら、小芝風花ちゃんがつかつかとやってこられて、

「撮影どうもありがとうございました!」

と、メッセージ付きのお菓子の差し入れをいただいた。
まったく予想してなかったものだから、これにはほんとに感激してしまった。
風花ちゃん付箋
撮影中、機会があればお話しのひとつでもできないかな、なんて思っていたが、真剣に走り回るスタッフや役に没頭してらっしゃる出演者の方々の姿を見るに、なかなかそういうこともできないな、なんて思っていたので、これは本当に嬉しかった。

さすが座長、こういう心遣いが彼女の女優としてのステップをどんどん押し上げていくんだな、なんて実感。


こうして3日間の撮影は終了。
撮影終了の際にも、一人一人出演者の前で助監督氏より紹介をいただき、皆さんから拍手をいただき感激もひとしお。
実際に俳優さんたちも、撮影の最初と最後にはこういう場を経験するのだろう。
これがあるからこそ、撮影の間の困難も乗り越えていけるんだろうな、と、今回ほんの末席に侍らせてもらっただけで感じるのはおこがましいことだが、そんなことも実感した次第。

結局のところ、台本ではほんの1シーンのみの出演(というか、記述)だったが、実際に完成した本編では、3~4回ほど出演している場面を盛り込んでいただいたし、エンドクレジットには名前もアップしていただいたのはほんとに嬉しかった。

台本
ところで、台本に関して言えば、先に手渡されていたものと、完成した映画とではいくつかの相違点がある。
ストーリーにはまったく大差はないが、台本にあって本編にない場面もある。

具体的なことは敢えて避けるけれど、実際に撮影は行われたのかもしれないが、映画の流れを考えると完成した映画がベストだったんじゃないかと思う。
逆に、たとえばファースト・シーンのさくらが図書館までやってくる場面、電車の通過時間をそらんじたり、飼い犬にしつけをする人云々なんてシチュエーションは台本にはなかったもので、これはおそらく撮影をする中で、ヒロインさくらのキャラクターを際立たせるための演出だったのだろう。
実際、物語はわかっていたとはいえ、初見の際にこのファースト・シーンを目の当たりにしてかなり新鮮な気分で映画に接することができ、その時点ですでに感動で思わずこみ上げるものがあった。

本編の編集はウエダ監督が行ったということで、編集で何キロも減量したとは、完成披露試写会での弁。
映画の出来栄えは編集作業が左右する、というのは映画ファンなら周知のことだが、それくらいに細部にこだわった編集の妙は、完成した映画をご覧になった方なら実感できるものと思う。
個人的には、予告編にも僕が登場する場面を盛り込んでいただいたことが実に嬉しかった。

完成披露試写会の日に、ロビーで見かけたウエダ監督に感謝を申し上げたら、

「撮影の際は、待ち時間ばかり時間をとってどうもすみませんでした。(出演場面も)全体の一部なので、どのようになっているか・・・」

と、おっしゃっていたので、ひょっとしたら予告編での映像がすべてなのでは・・・? なんて思っていたが(笑)、先に挙げたようにしっかり登場シーンを盛り込んでいただいたので大変満足である。

う~~~ん、監督を減量に追い込んだのは、「パジャマの中年男性」をバッサりとカットすべきか否かで悩んでおられたから・・・ということじゃないわな(笑)



【極私的、トリビアなど】

①.広陵町立図書館とその近辺のこと。
広陵町立図書館遠景
まず、映画のタイトルにもある図書館だが、本作では広陵町立図書館が物語のホームベースとして登場する。
この広陵町立図書館のある一帯は、真美ケ丘という新興住宅街だ。

僕が小学生の頃(30年前くらい)は、まだ鬱蒼とした樹々に覆われた丘(馬見丘陵という)で、その後大阪のベッドタウンということで一気に宅地造成が始まった。
それでも、いまでもたまにこの地域の歩道に、キジが悠遊と歩いていたり、夜には狸が徘徊しているのを見かけることがある。
図書館に隣接する県立馬見丘陵公園には、当時の森を残していたりするので、このあたりにキジやタヌキが住み着いているのだろう。


三吉石塚古墳
図書館の対面には、「三吉石塚古墳」がある。

馬見丘陵一帯はとにかく古墳がかなり多く残っていて、これもその一つだし、映画のオープニングの空撮でも登場する巨大な前方後円墳である「巣山古墳」も図書館に隣接する。

「三吉石塚古墳」も前方公園墳で、ここは古墳建設当時の姿を再現して、墳丘には埴輪が再現されて設置されている。
図書館の対面にあるので、ここから撮影スタッフはドローンを飛ばしていた。
(墳丘に登ることができるようになっているので)

ラジオ体操の撮影中、この古墳からカメラを装備したドローンが上昇する姿に、皆の間から歓声が上がったものだった。



②.『讃岐神社』のこと
讃岐神社
さくらが一人で昼食(この昼食がまたユニーク! 即席ぶっかけうどん!)しているのが、広陵町図書館近のすぐ近くにある讃岐神社。

この神社は、さくらのセリフにあるように、「竹取物語」伝説ゆかりの場所でもある。

数年前、スタジオジブリの『かぐや姫の物語』を観た際、映画の前半に登場する竹取の翁、媼が暮らす森は、竹取物語自体奈良の物語であることを考えれば、あの馬見丘陵の原風景のように思えて、とても感動したことを思い出す。

近くには僕の親戚の家もあるので、個人的に昔から親しんでいる神社である。
今回の撮影の前日には、映画完成祈願として、お参りにいったものだ。

賽銭を投げ入れ、柏手を打った本殿の石段に、さくらが腰かけてうどんをパクつく姿に思わず笑いが抑えきれなかった。


③.『二上山』と『屯鶴峯(どんづるぼう)』のこと
どんづるぼう
さくらと礼子が訪れる場所の一つとして、ビジュアル的にもインパクトがあるだろう、「屯鶴峯」は、これも劇中のさくらのセリフにあるように、二上山の噴火の際に噴出した火山灰が積もってできた名勝・史跡、天然記念物である。

ただ、火山だった二上山だが、火山にあるはずの「火口」がこの山にはない。

じつは二上山は5回の噴火を繰り返し、その都度違った溶岩を噴出したとのこと。
想像では、それらの溶岩が5層になって積もっていたところを、現時点での最終的な噴火が起こって、その火山灰が積もって「屯鶴峯」ができたという流れ。
その後、地殻変動や浸食によって、現在のフタコブラクダの背ようなユニークな形をした現在の二上山になった。

「屯鶴峯」の岩をよく見ると、白い火山灰に交じって、いろんな種類の石が確認できる。
それが何度も噴火を繰り返した二上山の証なのだ。
(他にも葉っぱの化石も採石できる。さくらと礼子の足元にも、化石があったかもしれない(笑))

その溶岩のひとつにガーネットを含むものがあって、いまでも「屯鶴峯」の前を流れる川の川底の砂利をすくうと、梅仁丹のようなガーネット(俗に金剛砂と呼ぶ)を採取することができるし、なかにはサファイヤなんかも混じっていることがある。
残念ながら、宝石にできるほど大きな原石は採取されないが、このガーネットの粒をすりつぶして、サンドペーパーの原料として活用した業者が、昔はこの近くに多くあった(いわゆる「ぼた山」も僕が小学生の頃にはいくつもあった)。
しかし、採取し尽してしまったのだろうか、そんな風景もすでに今はない。

「屯鶴峯」とて、昔はもっと規模が大きかった。
近くに国道165号線が走っているが、このあたりの開発も進んで、若干岩が削り取らているようだ。
天然記念物に指定されているので、その指定区域外を造成しているんだろうけど、映画ではよくわからないかもしれないが、さくらと礼子が眺める視線の先、昔はもっと奇岩が広がっていたのだが、造成されているところもわずかではあるが映像に映り込んでいる。
(挙げている写真は2014年に香芝市のイベントである「香芝ウォーク」に参加した際、屯鶴峯に立ち寄った際に撮ったもの。映画ではわかりづらいが、この写真だと奥の方の岩が削り取られて平地になっているのがよくわかるだろう)

4月23日は「岳登り(だけのぼり)」といって、葛城地区の方々が二上山に登る風習が江戸時代の頃より続いている。

これは二上山の影がかかる地域が対象で、昔は農作業に不可欠であった雨をこの二上山がもたらしてくれているという「岳信仰」に由来するものだ。
今もそうなんだろうか、その日が平日ならば、小学校は午後から休みで、みんな弁当持参で二上山、あるいは屯鶴峯に登るのだ。
なので、「岳登り」の日には屯鶴峯も人でいっぱいになる。

小学生の頃、一度「岳登り」に屯鶴峯に行ったらば、野生のニホンザルが人々の弁当を襲撃にやってきたことがあった。
いまはさすがにニホンザルはいないだろうが、狸はまだしっかり住んでいて、たまに自動車に轢かれた痛ましい姿を見かけることがある。

因みに僕は、この屯鶴峯の前の道を毎日通勤で通っている。


④.「當麻山口神社」、「当麻寺」のこと

礼子の持っていた写真で唯一、その場所が特定できず、さくらが自転車を漕いで葛城中の神社を探し回る場面、最終的にめでたくもそのお目当ての神社が見つかるのだが、それが「當麻山口神社」だ。

この神社、二上山登山道の入口にある神社で、これがじつにユニーク。

この一帯は、かつては当麻町といって、近くにある大きな寺院である「当麻寺」がその名前の由来でもある。
この当麻(當麻とも表記する)一帯は、古代の豪族当麻氏のホームベースで、彼らは製鉄の技術を持っていたという。
その技術を時の朝廷が欲しがったが当麻氏がそれを拒んだため、朝廷は当麻氏を滅ぼしてしまった。

それが相撲発祥地として後世につたわっているもので、当麻氏の象徴である当麻蹴速(たいまのけはや)と、朝廷の象徴である野見宿弥(のみのすくね)とが天覧試合を行い、結果、野見宿弥が勝ったというお話。

当麻氏(旧当麻氏)を滅ぼした後に、朝廷は朝廷の息のかかった氏族をここに住まわせる(新当麻氏)のだが、朝廷としては旧当麻氏の痕跡を消すために、あらゆる措置を行ったわけで、その一つが當麻山口神社と当麻寺なのだ。

境内には旧当麻氏が信仰していた社があるのだが、現在の参道はその社を避けるように不自然に湾曲して新当麻氏による現在の本堂へ向かうようになっている。


また、さくらが「傘みくじ」をひく「当麻寺」だが、現在、本堂のある場所には旧当麻氏の墓があったことが調査でわかっている。
つまり、旧当麻氏の墓の上に、新当麻氏によって当麻寺が建立されたということなのだ。

ゆえにこの当麻地域には、旧当麻氏の痕跡と新当麻氏による現存する遺跡が混在する。

「詳しくは、沢史生著、「鬼の日本史」上巻をお読みください(笑)」



⑤.「JR香芝駅」のこと。
20170218JR香芝駅2
我が家に一番近いJRの駅である。

劇中、さくらがある出来事にショックを受け、傷心の中、雨にうたれてたたずむのがこの駅のホーム。

ウエダ監督は、撮影の前に自身の足で歩いてロケハンされた折に、

「何にもないところが、逆に「絵」になると思って選んだ」

と完成披露試写会の際におっしゃっていたが、ほんとに何もない駅なのだ。

何もないどころか、他の駅がエレベーターの設置等、改善が図られているのに対し、このJR香芝駅だけがなかなか改善されていない。
ホームの高さも昔のままで、現在の車両とまったく合っておらず、下車の際にはその段差に驚く方も多いと思う。
またホームとホームをつなぐ高架橋も塗装されたペンキがはがれて痛々しい姿になっているし、とにかく高架橋には屋根がないので、雨天の際には利用者もかなり困難を強いられる。

劇中ではいい場面で登場するこの駅(僕は勝手に「さくらちゃん高架橋」と呼んでいる)だが、利用者にとっては早く改善してほしいところ。
実際、改善する動きがあるようだが。
ということは、奇しくも現在の「JR香芝駅」の姿を映画の中で残すことができたということで、本作はJR香芝駅にとって、ある意味いい記念になったといえる。



⑥.「さくらの通勤路と亀」。

これは本作を観た地元の方なら、あれ? と思われた方も多いだろう。

さくらの実家は大和高田市にある「天神社」という設定である。
にも関わらず、さくらは二上山に向かって自転車を漕いでいる。
実際には方角としてまったく逆なのだが、これには場内からかすかにどよめきと笑いが起こった(笑)

また、森永悠希くん演じるさくらの弟いつきが、さくらの通勤路で亀を拾うが、これは明らかにアカミミガメ(子供の頃はミドリガメと呼ばれる)というアメリカ原産の外来種だ。

僕が子供の頃には、あんなふうにあぜ道で亀がいるなんてめったに見かけないことだった(大雨の翌朝に、たまに近所の用水路に亀が紛れ込んでいたりすることもあったが、それとて年に1回、あるかないかだった)。
これは日本各地でもそうなんだろうが、ペットとしてミドリガメが普及し、それが家で飼えなくなったのか、河川に放流した挙句、強い生命力ゆえもともと日本にいたイシガメやクサガメを駆逐してしまった。

いまや、僕の近所の河川でも、そりゃあもう大量に大きな亀がウヨウヨいるが、これはほとんどが幼い頃のミドリガメであるアカミミガメなのだ。
で、このアカミミガメ、サルモネラ菌を媒介していたり、日本の生態系を破壊したりと、なにかと迷惑な存在なのだが、それももともとは人間の身勝手から来るもの、というこういった話は書くと長くなるのでこの辺で。

でも、あれを直に触った森永悠希くん、しっかり手を洗ったんだろうか。
それがとても気になる(笑)


⑦.「礼子の苗字」。

香川京子さん演じる老婦人、礼子の苗字は芦高という。

これは、ネタバレになるので詳しくは書かないが、映画をご覧になった方ならば、なぜ苗字が芦高なのか、映画の後半のとあるシーンを観て「なるほど!」と思われた方も多いだろう。
芦高という苗字は香芝市内のとある地域に、かなり多く、僕の同級生にも芦高さんがいた。

これは僕の想像で確証はないが、先のJR香芝駅のある一帯の地名を下田という。
(なので、JR香芝駅はかつてJR下田駅といった)
この下田という地名は、昔、この付近が湿地帯であり、葦が生い茂っていた地ということで、葦田と呼ばれていたのが転じて下田になったという説がある。

一方、本編に登場する千本桜(さくらの「私のメスとしての魅力云々」というセリフが笑わせる)がある大中公園や、高田市民病院がある大和高田市。

この高田という地名は芦田、つまり下田よりも高低差の高い地域ということからくる名称という説がある。

これを考えると、先に書いた芦高姓の多い地域も、下田地区に隣接し、しかも下田よりも高低差の高い地域でもある。
つまり、葦よりも高い地域、ということで、そこに住む方の苗字に芦高が多い理由はそこにあるのかも、と考える。

ちなみに、その芦高姓の多い地域の地名を岡、というのだが、それも高低差から来るのだろう。
礼子さんの苗字を芦高に設定したのは、スタッフの緻密なロケハンの成果だと思う。



他にも本編には葛城坐一言主神社や日露戦争の戦利品である大砲が設置されている笛吹神社が登場する。

それぞれに、個人的に思い出深い場所ではあるが、御所市近辺になると個人的にあまり土地勘がないので、詳しくは触れられない。

実際に、映画の最後の方に登場する盛大なお祭りも、あのような祭りがあることを映画を観て初めて知ったようなもので・・・。

ゆえに、葛城地区に暮らす僕でさえ、本作を観ていろいろ発見することができて、それが本作に対する魅力でもあるのだ。



📖パンフレット📖

・縦297㎜×横210㎜
・24ページ 中綴じ製本
・アジンコート出版
・定価:800円(税込み)

本作のキービジュアルは、公式サイトやチラシ等々でよく見かけていたので、劇場パンフレットも同様のデザインかと思っていたら、まったくみかけないデザインになっていたのが新鮮だった。

本編に登場する人々の写真をあしらい、そこにそれぞれの印象的なセリフを添えたユニークなもので、デザイン担当の方のセンスが光っていると思う。

内容も出演者、監督のコメントが掲載されていたり、映画評論家森直人氏のレビューも掲載。
主題歌を書き下ろした奇妙礼太郎さんや挿入歌を唄った佐々木友里さんの紹介ページもある。

さらに興味深いのが、プロダクションノートのページ。
本作の企画段階から、どのようにして映画が作られていったのか詳細に書かれてあるのだが、正直、地元の者でも知らなかったこと(企画そのものは2015年から始まったとのこと)が、けっこう書かれてあった。

もちろん、葛城地区の観光MAPのページもある。



♬音楽♬

スコア担当は佐藤和生。
ロックバンド、チムニィのギタリストで、ウエダ監督の『リュウグウノツカイ』のスコアも担当されている。

『リュウグウ~』のスコアは、やはりというかロック色の強いものだったので、はたして今回の映画に合うんだろうか? と映画音楽ファンとしてはこのあたりも危惧していたのだが、いやいや、本作でのスコア、じつにいい仕上がりになっている。

さくらが田んぼに落ちるシーンや、図書館の書庫で調べ物をするシーンでは、ロック色の強いスコアが流れていたが、総じてアコースティックなものになっており、たとえば図書館の日常を描く場面でのほのぼのとしたスコアや、さくらと礼子の交流のシーンでは、ハーモニカだろうか、優しい音色を伴ったスコアで場面を彩っている。

確実に映画音楽作曲家としての魅力も十分で、映画を観終わってサントラが欲しくなったくらい。
残念ながら、サントラのリリース予定はないようで、スコアを手元に置くには、本作がソフト化されるまで待たねばならないのが辛い。

映画の魅力は、演技、演出、もそうだが、スコアも重要な存在である。
本作を観て、映画音楽ファンとしては至極当たり前なことだが、あらためて実感した次第。



挿入歌、「スパティフィラムの詩」を唄うのは、シンガーソングライターの佐々木友里

礼子が手にしたとある神社の写真を探して、さくらが葛城中を自転車で駆け回る場面で流れてくる。
この佐々木友里、じつは予告編のナレーションを担当しているばかりか、本編でも1シーン、登場している。
(先に挙げた台本のキャストのページの写真、僕の次の次に、お名前が掲載されているのが見えると思う)

礼子が初めて図書館にやってくる場面。
彼女をいきなり指さすさくらを、慌てて制する弘美とのユニークなシーンの後、

「あの~すいません」

と本を借りにやってくる女性がその人。
劇中では後姿でしか登場しないが、とても綺麗な方ですよ(笑)
(劇場パンフにはちゃんと写真も掲載されている)



本編のクライマックスで劇的な使われた方をしているのが、岸洋子の1964年のナンバー「夜明けのうた」。
岩谷時子作詞、いずみたく作曲によるポピュラーなナンバーだが、これは台本の段階でもこのナンバーが使われる記述があった。

ただ、完成した本編を観るまで、実際に使われるんだろうか・・・と思っていたら、これがまた実に効果的に映画を盛り上げてくれる。
僕自身、本作を観た後では、このナンバー、まともな気持ちで(いい意味で)聴けなくなったくらいの威力を持つ1曲だ。


印象的なラストシーンの後、初めて画面一杯にタイトルが出る。
このタイミングもとてもいいのだが、その後エンドクレジットとともに流れてくるのが、シンガーソングライター、奇妙礼太郎による「欲望のしるし」。
監督の希望で、主題歌を書き下ろすことになったということだが、残念ながら現時点では楽曲の配信の予定はない。

熱烈なファンを有する奇妙礼太郎ゆえ、楽曲の配信はすぐに行われるものと思っていたが、なかなかリリースされないのはなぜ?

このナンバーとともに、映像は葛城地区の寺社やお祭り、行事等々が流れてくる。
いわば、本編でもっとも地元PR度の高い映像になっているが、ここでも具体的な説明的なクレジットは排され、あくまで映像とエンドクレジットのみが流れる。

葛城地区や奈良県に住む方以外の観客には、いったいあれらは何の映像何だろう? と思われるかもしれない。
でも、本編で説明的な「絵」を排した本作であるから、その姿勢を最後まで貫いたのは、個人的にはすこぶる爽快だった。



■『フィッシュマンの涙』■(映画) 







フィッシュマンノナミダ
【公式サイトはコチラ!】

🎦シネマート心斎橋にて鑑賞🎦

報酬目当てでとある製薬会社の新薬の実験に参加したフリーター青年パク。
しかし、副作用が原因でパクは首から上が魚の「フィッシュマン」になってしまう。
困ったパクは、女友達のジンの家に転がり込むが、彼女は世間の注目を浴びたいために、パクのことをネットで公表するのだった。
一方、TV局に見習いで就職した新人記者サンウォンは、ネットで話題になっている「フィッシュマン」の真偽をたしかめるべく、上司に取材に行かされてしまう。
スクープをゲットすることで、地方大学出身という肩身の狭い思いから抜け出せると思い、サンウォンはジンの元を訪れ、かくしてフィッシュマンに対峙することになるのだが・・・。

予告編を観れば、コメディ要素が濃厚なエンターテインメントだと思っていたら、確かにそういう一面はあるものの、描かれているテーマはけっこう重たかったりする。
そこは評価の別れどころかと思うが、タッチとしては『グエムル』にも通じる韓国製モンスター・ムービーの佳作だ。

フィッシュマンを演じるイ・グァンスは韓国ではTVのバラエティ番組で人気の人物だそうだが、本作では終始素顔を見せない(映画の後半、彼の葬式で遺影として彼の顔が出てくる。あ、これはネタバレではないのでご安心を)。
CGが全盛のこの時代で、長い時間をかけて特殊メーキャップを施してフィッシュマンを演じきっている。
芝居が上手い人は顔を見せなくても成り立つわけだ。

このフィッシュマンのデザインがまた、グロテスクさとコミカルさのギリギリのところをいっており、けっこうな生々しくてなんだかスクリーンから魚特有の生臭さが漂ってきそうなほどにリアル。

図らずもモンスターになってしまったパクが、フィッシュマンというフィルターを通して見る今の韓国の姿は、自分が奇異な存在である反面、それ以上におぞましく欲にまみれたものだった。

「僕の夢は、平凡な人間になること・・・」

とはパクが劇中で漏らすセリフの一つだが、その夢さえもかなえられないほどに、世間は腐敗している。

彼は世をはかなみ、再び製薬会社の被験者として、その身を捧げようとする。
それは、彼自身の死を意味することでもあった。

映画は登場人物それぞれのエゴがどんどん露呈していき、取り返しのつかないところまで行ってしまうのだが、最後の最後にとある着地点を用意している。
その物語の落としどころが、本作の最大の魅力といっていい。

2017年の最初にこの映画を観たわけだが、意外に重厚なテーマではあるが、世間を顧みるという意味ではいいチョイスだったのではないか、と思う。





📖パンフレット📖

・・縦297㎜×横210 ㎜
・16ページ 中綴じ製本
・株式会社 シンカ
・定価:572円(税抜き)

オール・カラーページ。
映画のスチール写真満載。
監督へのインタビューに4ページを割いている。
後はいたって普通の内容。




♬音楽♬
スコア担当はチョン・ヒョンス。

他にどんな作品を担当しているのか調べてみると、ソン・ガンホ主演の『弁護人』(13)がヒットしたくらい。
それ以外は同名の脚本家の名前ばかりがヒットする。
脚本家と同一人物なんだろうか?

ちなみに本作のサントラのリリースはない。

耳に残ったスコアは、いわゆるメインテーマ的に流れてくる、ヤン・ティルセンによる『アメリ』(01)のワルツにどことなく似ている旋律。
おそらく、少なからず影響を受けているものと思う。




■『バイオハザード:ザ・ファイナル』■(映画) 







バイオハザードザファイナル
【公式サイトはコチラ!】

🎦ユナイテッド・シネマ橿原にて鑑賞(2D字幕版)🎦

2002年に公開された『バイオハザード』シリーズも今回で6作目。
とうとう完結編と相成った。
原典となったゲームにまったく疎い身としては、ミラ・ジョヴォビッチがゾンビと戦うホラー・アクション映画というただその点のみでシリーズをずっと観てきたわけだが、正直面白かったのは最初の2作目あたりまでで、その後は惰性で観てきたような次第。

『ハリポタ』も『トワイライト』も、惰性でシリーズを観て、一応ラストまで付き合ったが、そういうのっていかに「今回が最後だ!」なんて言われても、あまり感慨深いものもないわけで・・・。

『バイオハザード』もそんななかの一つ。
実際、前作のストーリーも危ういほどに、その内容にほとんど記憶がなく、タンカーが出てくるのだったっけ? 中島美嘉が出てたやつ? アリスの死体がゴロゴロ砂漠に転がっているやつだったかな、とそんな感じ。

今回の最終話を観るにあたり、いまさら前作を観て予習するほどの時間も余裕もなく、つまんなかったら寝落ちするだけだろ、ってな感じでほとんど投げやりな状態で観たわけだが、これがなんと、いままでの作品を観てなくても、なんとか最後までついていけるような作りになっている。

これをファン・サービス(なのか?)というべきか、単に僕のようないちげんさん(いちげんさんじゃないんだけど)にも、すんなり入っていけるようにしたのかはともかく、今回も一応はストーリーはあるものの、まさにゲームのごとき、ヒロイン、アリスを数々のトラップが襲う。
それを彼女がいかに突破していくか、本作の面白さはまさにそこ(というか、それしかないんだが)なのだ。

だから、けっしてつまんない映画じゃないし、2時間、理屈抜きに楽しもうという向きにはちょうどいいボリュームの作品なのではないだろうか。

なんでも原典のゲームは新作が作られてまだまだその世界は続いていくようだが、映画はこれで打ち止め。
監督したポール・W・S・アンダーソンにしてみれば、ある程度このシリーズで儲けたし、愛妻のミラもアクションこなすにはちょっと無理がある(本作のプロモーションで来日した彼女の、むっちりむちむちした体形は映画のアリスとはかなり違って見えたぞ)お年頃になってきたし、もうこのあたりでええやろ、と考えたのは想像に難くない。

それでも、日本に対する感謝の意味なのか、中島美嘉に続きローラを映画に起用するような粋な計らいもするところが、アンダーソン、けっこういい奴!(ならば、もっとローラの見せ場を作ったれよ! とは思うけど)。

まぁ、そんなこんなで果たして正月映画(アメリカでは1月の最終週に公開。つまり日本のほうが1ヵ月ほど公開が早かったわけだ)として妥当かどうかはともかく、ある種のイベント・ムービーであった本シリーズはかくして完結編を迎えた。

実際の本編はいくらでも続きを作ることができるようにはなっているけどね。




📖パンフレット📖

・縦365㎜×横257 ㎜
・24ページ 中綴じ製本
・株式会社 久栄社
・定価:1,389円(税抜き)

最近よくある、劇場パンフレットの通常版と限定版。
コンセッションで販売員に「どちらにします?」と訊ねられ、一応の説明はしてもらうものの正直違いはよくわからない。
でも、限定という文字に弱い身としては、特に思い入れのない作品とはいえ、限定版を買ってしまう悲しき性よ。

さて、内容に関しては通常版を買っていないので比較術はないが、おそらく大差はないものと思う。
今回の物語解説はもとより、過去のシリーズの説明等々は、限定版に細かく記載されているが、これは通常版もそうだろう。

限定版の大きな違いは、まずサイズがデカいということ。
鞄にも入らないこのデカさは、映画観賞中にその置き場に困ってしまうほどだった。

そして限定版の特典は、過去の5作品のうち、いずれか1本を自宅のPCやスマホで観ることができる「デジタル視聴コード」が付いているということ。
楽天SHOWTIMEとのコラボで、パンフ内にある「コード(銀色のスクラッチになっている。コイン等で削ってコードを確認するというパターン)」を所定のサイトに入力すると、過去の5作品のうち、1本が無料で観ることができるというものだ。

いや、まてよ、無料とはいえ、その分、パンフの値段が高いじゃないか。
つまり、動画を見る金額がパンフの価格に加算されているというわけだ。

ま、ファン以外にはお薦めするものではない。




♬音楽♬
バイオハザードファイナル
スコア担当はポール・ハスリンジャー。

タンジェリン・ドリームのメンバーの一人だった、といえば、その作る音楽もだいたい想像がつくというもの。
全編、ダークなエレクトロニクス・サウンドが流れてくるのだが、不思議と不快感はない。
ある種のグルーブ感が、聴く者の鼓動に呼応してくるような感じ。

なので、音楽だけをダラダラっと流していても、アンビエント・ミュージックのような一面をも持っているのだ。
一応はトラック分けされているが、ほとんど曲と曲の継ぎ目がわかりづらく、長時間演奏の1曲と捉えてもいいかもしれない。
最初と最後に、劇中のセリフを挿入して一つの体裁を整えている。

日本語吹き替え版のエンドクレジットにはL'Arc〜en〜Cielのナンバーが流れるが、サントラには未収録。

1作目のマルコ・ベルトラミに始まって、2作目のジェフ・ダナ、3作目のチャーリー・クロウザー、4、5作目のトムアンドアンディと、作曲家もそれぞれ別で一貫した明確なテーマ曲のようなものが本作になかったことも、映画全体の印象に大きく作用しているように思う。

【amazon】
【タワーレコード】




『天使のいる図書館』、予告編解禁!! 



『天使のいる図書館』の公式サイトはこちら!

劇場公開まであと1ヵ月を切った20日、ようやく予告編が解禁となりました!!
キー・ビジュアル等はすでに発表されてはいましたが、実際に動く映像を目の当たりにして、とても感激している次第です。

ほんの数分ですが、地元の方ならあちこち知っている場所も登場し、目が離せないことと思います。
先にいただいていたシナリオが、実際にどのような映像になっているか、予告編という短い時間ではありますが、逐一、なるほど! と思わせることばかりです。

小芝風花ちゃんのキュートかつコミカルな部分もよくわかる予告編ですね。

そして・・・肝心(?)の僕が出ている部分は・・・?

開始から13秒あたりに、手前に一瞬ですが映っています(笑)
ほんの一瞬ですので、お見逃しなく(笑)×2!!



2月11日(土)より、イオンシネマ西大和、TOHOシネマズ橿原にて奈良県先行上映。
18日(土)より、関西では大阪シテーションシティシネマ、シネマート心斎橋にて上映。



■『私の少女時代』■(映画) 







ワタシノショウジョジダイ
【公式サイトはコチラ!】

🎦シネマート心斎橋にて鑑賞🎦

昨年末に公開された『湾生回家』は、戦前の台湾に生まれた日本人たちの現在の姿を描いた優れたドキュメンタリー映画だった。
その映画の中で強く印象に残ったのは、かつての日本の統治下になった国でありながらも、いまの台湾の方々に親日家の方が多いということだった。

もちろん、すべての方がそうではないと思う。
我々日本人だっていろんな考えの人がいる。

ただ、『湾生~』のスタッフや出演者の方々の談話を読んだり聞いたり(ありがたくも、地元、奈良のユナイテッドシネマ橿原でも舞台挨拶があった)するうえでも、その印象が強かったのはとても嬉しいことだった。

実際、僕自身も十数年前に社員旅行で台湾旅行へ行くことになり、その前に台湾についていろいろ調べたものだが、やはり重くのしかかってくるのはかつて日本の統治下にあったということ、それによって「霧杜事件」のような悲劇(『セデック・バレ』で描かれている)も起こったという歴史的な負い目だった。
(会社の同僚は海外旅行というだけで浮かれているものが多く、そういった人たちの現地での振る舞いには相当に閉口したものだ)

しかし、実際に台湾の方々に接してみると、じつに友好的で正直目からウロコが落ちた気分だった。
特に印象深かったのは、宿泊したホテルの近くにあった「セブンイレブン」の店員のお兄さん。
お菓子や飲み物を買って、弟の土産に漫画雑誌を買った(明らかに日本のものの海賊版(笑))ら、店員のお兄さんが、にこやかにいろいろと話しかけてくるのだ。
こっちは向こうの言葉がわからないし、向こうも日本語がわからない。
それでも、飲み物のことやらポテトチップスのこと、はたまた漫画のことなどであれこれ話をして、互いに意味が分からないままに笑いあったりして、じつにいい雰囲気だった。

他にも、夜、ホテルのそばの屋台をウロウロしていたら、酔っぱらったおっちゃんに、

「あんたら日本人かぁ? 日本のどこから来たぁ?」

と流暢な日本語で絡まれた(いや、話したかっただけみたいだが)り、当時話題だった宮沢りえの写真集「サンタフェ」(これもあきらかに海賊版)を売りつけてきたおばちゃんに、

「みやざわりえあるよ~~~。お土産にどうぞ~~~。ねぇねぇ、買って帰りよ~~~」

と流暢な日本語で迫られたりした(土産って・・・日本にもあるがな正規版が)のも、いい思い出。
(嫌悪感だらけだったのは、そういった友好的な相手に対して辛辣な言葉を投げかける我が社の社員たちの振る舞いだった、というのは先にも書いた通り)


と、前置きが長くなったが、ここで本作『私の少女時代』である。

隣の国でありながら、なかなか台湾映画を観る機会がなかったのだが、そのうえ今回のようなベタベタな恋愛ドラマ、というか、ラブコメは初めて観た。
僕が担当しているラジオ番組にいただいたリスナーさんからのメールで、本作を強く薦めていただいたのがそもそものきっかけだったが、先に書いたように台湾という国に対する興味はずっと持っていたので、これは! と思い、早速観に行った。


ヒロインのリン・チェンシンは会社員。
今日も今日とて上司と部下の板挟みで、疲労困憊して帰宅する。
高校時代はこんな大人になるはずじゃなかったのに・・・と、当時の夢などを書いた日記を読み返すチェンシン。
そこには、憧れているスター、アンディ・ラウと結婚する、なんて赤面必至な願いまで書いてあったりする。
すると、ラジオからまさにアンディ・ラウが唄うナンバーが流れてきて、物語は一気にチェンシンの高校時代の物語へ・・・。

チェンシン(ビビアン・ソン)は、男子が誰も見向きもしない地味で平凡な女子高生。
アンディ・ラウに憧れつつも、校内一のイケメンで秀才のフェイファン(ディノ・リー)にも憧れている。
ある日、チェンシンの下駄箱に「不幸の手紙」(同じ文面を何人かの人物に送らないと不幸が・・・ってやつ。久しぶりに聞いたよ(笑))が。
困った彼女は悩んだ末に、意地悪な教師と校内一の美少女ミンミン(テヴィ・チェン)と、そして校内一の不良であるタイユイ(ダレン・ワン)に送り付けてしまう。
そうこうするうちに、フェイファンとミンミンが付き合っていることを知り、意気消沈するチェンシン。
一方、タイユイは「不幸の手紙」の送り主がチェンシンだと見抜き、弱みを握った彼はチェンシンを自分の使い走りにしてしまう。
だが、じつはタイユイはチェンシンに恋心を抱いていたのだった。

物語はこの4人の登場人物の恋愛模様が笑いとペーソスを交えながら展開していくのだが、
まさにラブコメの王道ともいえる内容で、美少女ミンミンはじつは性格が悪かったり、チェンシンとタイユイは反発しながらも、最終的には互いの気持ちに気づいて・・・というような、どこかで見たか聞いたような設定がてんこ盛りである。


多少、観ていてこっぱずかしい部分もなくはなかったが、130分という日本映画で同ジャンルの作品を考えると多少長丁場であるものの、サクサクと観ることができる。
フェイファンとタイユイに隠された過去があったり、学園に新しく赴任した厳格な生徒指導の教師に対して生徒たちが反発していくという、熱血学園ものなエピソードも盛り込まれたり。
クライマックスはまさかの感動巨編で、場内ではあちこちで泣いている観客もけっこう見受けられた。

そういった学園青春ものな内容が本作の魅力であるわけだが、チェンシンの高校時代、つまり90年代の若者たちのカルチャーが劇中ふんだんに登場するのもまた興味深い。
面白いのがその多くが日本のものであるということ。
雑誌、音楽、ファッション、電化製品等々、観ていて思わずニヤっとしてしまうものがいっぱい登場する。
男子高校生が回し読みするのが浅倉舞のヌード写真集というのには、違う意味でニヤっとしたけど(笑)
90年代といえば、まさに僕が台湾を訪れた頃でもあり、なるほどコンビニのお兄ちゃんが盛んに僕らに話しかけてきたのは、日本のカルチャーの話をしたかったんだなぁ・・・といまさらながら実感した次第。

場内で泣いている観客もいたと書いたが、それは登場人物に感情移入してのこともあるだろうが、90年代というちょっと前の時代へのノスタルジーに対して、心を揺さぶられた向きも多かったのではないだろうか。
まさにこのノスタルジーが本作の大きなテーマであり、映画の冒頭に登場する現代のチェンシンも、高校生の頃の出来事を思い返す後ろ向きな姿勢を経て、それが前向きなものへ転換するという潔さが映画の大きな魅力なのである。


ヒロインのチェンシン(高校時代の)を演じたビビアン・ソンは、日本でいえば茉奈佳奈を足しで2で割ったような(だったら同じ顔だろ)美少女。
地味で平凡な少女という設定で、たしかに物語の前半は髪型やファッションも地味(いささかカリカチュア過ぎるけれど)だが、途中で驚くばかりの美少女に変貌する。
実際、学校一の美少女というミンミンを演じる女優のほうが、なんというかどこにでもいそうな地味な顔をしていて、意図したことでないのならば台湾の方の感覚というのは日本のそれと、ちょいとズレているのかも?(笑) と思ったほどだ。

残念だったのは、彼女が大人になったいわゆる現代パートでは、違う女優がチェンシンを演じていて、この方がまったくビビアン・ソンに似ていないのだ。
彼女もそうだが、タイユイを演じた俳優も大人になって違う方が演じている。
ここはやはり同じ俳優を起用するべきではなかったか。
いかに感動的なラストシーン(詳細は書かないけど)でも、演じる者が違うと、まったく違う人のエピソードのように見えてしまう。
それでも十分感動的ではあったが、同じ俳優だともっと感動の度合いがかなり変わってきたのではないかと思うのだ。
そこが本作で唯一残念なところ。


いずれにせよ、あらゆる魅力がいっぱい詰まった作品であり、これがアジア圏で大ヒットしたのもうなずける。
とてもチャーミングで愛すべき作品だった。



📖パンフレット📖

・縦258㎜×横182 ㎜
・16ページ 中綴じ製本
・印刷所の表記なし
・定価:665円(税抜き)

物語、出演者、監督のプロフィール等を記載。
(現代のチェンシンを演じる女優の記載がまったくないのはなぜ?)
他に映画に登場する台湾の名所、ショップなどの紹介記事も。
ただ、記載の一部に誤りがあり、配給元のココロヲ・動かす・映画社のサイト(上記リンク先を参照)にて、訂正記事がアップされている。



♬音楽♬
ワタシノショウジョジダイ
スコア担当はクリス・ホウ。
そもそも、隣の国でありながら、そのエンターテイメント界の方について不勉強で詳細はわからないのだが、おそらく映画やテレビで活躍されている作曲家なのだろう。
スコア自体は、ラブコメという映画のスタイルを考えれば想像通りのものが流れると考えてもらってよい。
サウンドトラックCDは発売されているが、スコアは未収録である。

さて、そのサントラだが、すべてソング・ナンバーで構成されている。
先にも書いたように、台湾のエンターテイメントに疎い身としては、これはなかなかの教科書的なCDだった。
まず、主題歌「小幸運」を唄うヒビ・ティエンは、台湾の人気アイドルユニットS.H.Eのメンバーの一人なんだそうで。
日本でいえばPERFUMEのような感じ?(よくわからずに書いてるので、語弊があったらご容赦を)
映画のクライマックスを盛り上げる、観客の涙を誘うこと請け合いなラブ・バラードだ。

また、映画のキーとなるアンディ・ラウが唄い、本編でも何度か流れてくる「忘情水」も。
実際、アンディ・ラウも本編に登場するのだが、御年56歳でありながらも、まるで20代くらいのアイドルのような姿で登場するのは、正直驚異である(笑)
これくらいの年齢で俳優もやれば歌も唄うエンターテイナーは、日本でいえば誰になるだろう? とふと考えると、該当する方がなかなか思い浮かばないなぁ。

他にも挿入歌としてこれまた台湾のアイドルユニットPopu Lady(日本でいえばももクロみたいなのかな?)のナンバーであるとか、孫耀威というアーティストが唄う、サザンの「涙のキッス」の中国語バージョン(実際に劇中では流れなかったような。歌詞の一説がセリフとして登場してはいたけれど。それだけ、90年代に台湾でポピュラーなナンバーだったということだな)等。

さらに、劇中に登場するスケートリンクで流れる、M.C.ハマーの「U Can’t Touch This」(う~~~ん、90年代やねぇ・・・)も。

ほかに主題歌、挿入歌のカラオケバージョン等々、全10曲収録。
特殊紙パッケージ仕様で、インレイには各ナンバーの歌詞が感じで表記されているので、聴きながら歌ってみるのもいいだろう(まったく歌詞が追いつけないけど)。

日本でもamazonで簡単に入手できる。
興味ある向きにはぜひお薦めの一枚だ。

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