ビンさんの銀幕音楽堂・第792回(2017年4月29日放送分) 



銀幕20170429














【放送日:2017年4月29日(土)PM9:00オンエア】
【再放送:2017年5月3日(水)PM6:00オンエア】

・シネマサンシャイン大和郡山 Reserve Seat!!

奈良県は大和郡山市にあるシネマコンプレックス、シネマサンシャイン大和郡山さんの情報等々を紹介。

『美女と野獣』ostより「朝の風景」(vo:エマ・ワトソン他)
『美女と野獣』ostより「ひとりぼっちの晩餐会」(vo:ユアン・マクレガー他)
『美女と野獣』ostより「時は永遠に」(vo:セリーヌ・ディオン)
『美女と野獣』ostより「美女と野獣」(vo:アリアナ・グランデ&ジョン・レジェンド)

・銀幕音楽堂メールボックス

番組宛にいただいた、メール,FAXを紹介
『ブルックリン』ostより「End Title」(co:マイケル・ブルック)


以上のラインナップでお送りいたします。


奈良のコミュニティFM、FMハイホー(81.4MHz http://www.fm814.co.jp/)にて、お送りしております1時間の「映画音楽専門番組」です。

放送日:毎週土曜日 PM 9時~10時
再放送日:毎週水曜日 PM 6時~7時 (土曜日放送分の再放送です)

当番組はサイマル・ラジオでも発信しています。
ご自宅のPC、スマートフォンでお聴きいただけます。
上記、サイト内のバナーをクリックしてください。




【裏ばなし的なもの】

巷ではGWに突入!
でも、僕は本業があって、GWは1日しか休みがございません・・・。

と、いきなりテンション下げ下げなことを書いておりますが、映画の方はすでにGW興行真っ只中。
そのなかでも話題で抜きんでているのが、『美女と野獣』じゃないでしょうか。

今回は月末週ということもあり、チケット提供していただいてます、シネマサンシャイン大和郡山さんのコーナー、「シネマサンシャイン大和郡山 Reserve Seat!!」がございます。

もちろん、ここで『美女と野獣』を取り上げるのですが、シネマサンシャイン大和郡山さんでは、IMAX2D字幕版の上映も行われている、ということで、通常のスクリーンでは見えなかった部分まで見える、という、まさにIMAXの利点を活かした上映が展開されているのです。

しかも、2D版ですので、煩わしい眼鏡をかけるのではなく、裸眼で巨大スクリーンが堪能できるということで、これはもう、『美女と野獣』を観るなら最も適した公開ではないでしょうか。
かくいう僕もしっかり堪能してまいりました。

そんなお話を、番組では音楽交えてみっちりと!


メールボックスのコーナーでは、シアーシャ・ローナンの演技が素晴らしかった『ブルックリン』にリクエストいただきました。
他にも新しいリスナーさんからのメールや、こんな映画を観てきました! といったメールなど、今回も多彩なお便りをおいただき嬉しい限り!!

GWではやる気持ちをおさえつつ、ご用とお急ぎでない方は、ぜひぜひお聴きあれ!!



公開オーデションに行って来ました! 



地元で製作される映画の公開オーデションが行われる、というので参加してきました。
天使のいる図書館フェスティバル
この話題については、僕の番組でも何度か取り上げていた以上、こりゃ参加しないわけにはいかないな、あくまで取材の一環で、どういうことが行われるのかレポートする義務があるよな、というのは「表向きの理由」(笑)

普段は観た映画について、あ~だこ~だ好き勝手をラジオで喋ったり、書いたりしているけれど、それはあくまで「スクリーンのこちら側」のこと。
映画を作る「スクリーンの向こう側」に関われる機会なんて滅多にない。
関わることで映画に対する違った見方もできるんじゃないか、ということでこれはいい機会と思い参加したという次第。
ちなみにこういったオーデションなんて、まったく経験がない(映画のエキストラ経験はあるけれど)ので、いったい何をするのか、どういうことをしたらいいのか、まったくわからない状態で参加してみたわけですが・・・。

今回の映画は奈良県の葛城地区、4市1町を舞台とするいわゆる「地方発映画」。
そして、その公開オーデションというのは、セリフのある、なしに関わらず映画に出演することができることと、またエキストラとして参加できる、そのためのものだと、事前に広報や新聞、チラシ等に記載されていました。
しかも、年齢、性別問わず、その地区に住んでいることが証明できるもの(住民票、住民票など)を持参するだけでいいという、参加条件はかなり気軽というか簡単なものでした。

『天使のいる図書館』の公式HPはコチラをクリック!

こうした「地方発映画」は、最近日本各地で積極的に作られていて、その大きな理由は自治体が中心となっていることからもわかるように、舞台となる地方のアピールや町おこし。
一部には、「地方発映画」のことを批判する映画評論家もおられる(僕からすれば、批判するだけご覧になっているわけで、批判もひとつの評価だと捉えています。明らかに首を傾げるような製作体制の作品があるのも事実だけど)けれど、そういうこともひっくるめて、実際に関わってみなければ何もわからない。
それも今回の参加の一つの理由でもありました。

さて、公開オーデションの受付は、午前10時半から。
自宅から開催される「ふたかみ文化センター」まではすぐ近くなので、午前10時くらいに行けばいいだろうと。
映画人口は徐々に増加の傾向があるとはいえ、観客動員数の上位を占めているのはTVアニメやTVドラマの特別編のようなものが実状ということを考えれば、はたして今回の公開オーデション、どれくらいの方が来られるのか未知数だったし、正直なところそれほど集まっておられないんじゃないかと高を括っていました。
しかし、実際に現地に到着してみると、すでに30人近くの方がオーデションの受付に並んでいました。
受付開始時間の頃には、その列はもっと伸びていたように思います。
これには正直驚きました。

待っている間に、スタッフから配られた用紙に氏名(ニックネームも可とあった(笑))、自己PR等々を記入。
受付時間になった時点で各市町村ごとにスタッフの方に身分証明書を見せ、それと引き換えにエントリー札を受け取る。
さらに、それを掲げてエントリー用の写真撮影を行うという流れ(番号札を掲げて写真を撮るというのは、まぁ簡単にいえば犯罪映画でよく見る囚人のアレみたいで(笑))。

今回の公開オーデションは、映画製作記念フェスティバルの一環で、メインは公開オーデションなのですが、その前後に地元の中学校(香芝中学校吹奏楽部の演奏。あまりの上手さに絶句!)や高校(高田商業高等学校アカペラ部の演奏)のパフォーマンス、さらに「けはや相撲甚句会」による相撲甚句(生で聴いたことがなかったので、これまた新鮮だった)の披露なども行われました。
もちろん、これは地元の文化を地元の住民に対してのPRであり、地元の良さを再認識してもらおうという趣旨なのですが、そこに映画製作を絡めるというのはいいことだと思います。
いや、映画好きには贅沢なフェスティバルですよ。
フェスティバル自体も盛大なもので、これなら実際に映画が完成した際には、また完成記念フェスティバルなんてのも開催していただきたいものです。
ちなみに司会進行は原田伸郎氏(僕の世代では、ある意味アイドル的な存在!!)

さて、そのフェスティバル自体が行われるのが午前11時半。
行われるホールの開場は午前11時ということで、オーデション受付後、30分ほど時間があった(11時にオーデションの説明があるので、再度受付場所に集まってほしいということでした)が、特に何をすることもなく、フェスティバルにやってくる人でごった返しているロビーをウロウロ。
IMG_2256.jpg
その間、公開オーデション参加にも続々住民の方が来られており、結局のところ4市1町各先着20名(計100名)で受付を締め切るという形をとられたようです。
僕の住む香芝市なんて、フェスティバル開催場所でもあったので、早々に定員に達したようで、そのあとも次々と来場する方々に、
「○○市の方の受付は、定員に達しましたので終了しました!」
とスタッフがメガホンで告知してました。

ただ、公開オーデションはあくまで映画に出演できる、ということに対してであって、エキストラについてはオーデションを行わないので、受付は一日中やっているということでした。
その様子をロビーで眺めていたけど、定員に達して残念そうにその場を去る方もおられたし、エキストラ参加でいいですよ! という方もおられて、それぞれに映画に対する興味があるんだなぁ、といまさらながらに実感・・・。

11時半になり、エントリー札をつけた人達も集まってきて、ようやくホール内に。
そこでスタッフより公開オーデションの流れの説明を受ける。
5人づつ壇上に上がり、監督、脚本家、プロデューサーの前で30秒程度の自己PRをするというもの。
流れとしてはとても簡単ではあるけど、これを100人行うというとなかなか大変!

ちなみに僕はエントリー№11。
かなり前のほうやん・・・。

フェスティバルのパフォーマンスに加え、今回の監督ウエダアツシ氏、脚本の狗飼恭子氏の挨拶も行われました。
両者の作品に触れると長くなるのでこれはまた別の機会に。
(特にウエダ監督の『リュウグウノツカイ』はいろんな意味で凄い映画ですよ)

そして、いよいよ12時半からまず、エントリー№1~50までの公開オーデションが始まった。
オーデション参加者は年齢を問わないということだったので、なんと1歳の赤ちゃんから70歳を超える方まで、とにかくその幅もかなり広い広い(笑)

普段はラジオで喋り慣れているとはいえ、ホールの壇上で喋るなんてのは、そうそう機会がないわけで、舞台そでで待っている間は足はガクガクするし、どうしたものかと・・・。
でも、僕の次エントリー№12の幼い男の子が、エントリー札をもらったのが嬉しかったらしく、やたらと僕にその札を見せててニコニコしていたので、それで気分が和ぐ(笑)
こういうことは、いろんなしがらみのない(いや、僕もないけど)子供は強いね。

ホールの壇上からは、けっこう後ろに座っている方の表情も意外なほど良く見えます。
そんな中で、自己PR(映画が好きなこと、地元のコミュニティFMで番組させてもらっていること等々)をさせてもらいました。
一言くらい場内を笑わせるようなことも喋ればよかったな、なんて後で思ったけれど、その時はそんな心の余裕なんてないない(笑)

壇上から降りて、その後、他の方のオーデションを拝見してました。
ほんとは場内には知人もおられないだろうから、オーデションが終わったら、さっさと退場しようと思ったのですが、他の方のPRも興味深くて思わず最後まで拝見してました。
その間に、なんと知人が場内におられて、僕のオーデションの時の写真(かなり後方からだったのでちょっとピンボケしてるけど)も撮ってらっしゃってメールで送信してもらいました。・・・いい記念(笑)
公開オーデション
オーデションを拝見して思ったのは、とにかく女性のほうが度胸が据わっているなぁと(年齢を問わず)。
また、高校で演劇部に所属してらっしゃる方や、実際に劇団で活動している方など、参加者はさまざま。

実感したのはいろんな参加理由があるにせよ、共通しているのは映画を完成させようという前向きな思いと、それによって葛城地区を多くの人に知ってもらいたいという願い。

先にも書いたように、「地方発映画」を批判する方もおられるのも事実だけど、今回のオーデションの様子を拝見していると、明らかにこの映画は志の高い熱意のこもったものであるということ。
まだ、映画完成はおろか撮影も始まっていないし、僕自身も参加できるかどうかも未定(オーデション合格の通知は、合格した方のみ9月末までに個別に連絡するとのこと)だが、オーデション前に監督、脚本両氏の挨拶の中にも、いい映画を作ろうという心意気を感じました。

今後も本作については、いろんな形で強力プッシュしていきます。

最後に、「地方発映画」は今後も日本各地で作られていくだろうから、もし、自分の地域で公開オーデションのようなものがあれば、そこで何が行われるのか、いったいそれはどういうものなのか、少しでも知ってもらえたらと思い書き残してみました。

長く拙い文章、ご容赦。



更新したいのはやまやまですが・・・。 

まったく、こちらのブログが更新できておりませんで、申し訳ございません。
退院後、本業のほうもあれやこれや忙しく・・・というのは単なる言い訳に過ぎないのですが、あえて言い訳言わせてください(笑)

とにかく、本業のほうが期末を迎えて、その関連でいろいろと資料の製作やら、なんやかんやとやっていると、自宅に帰ってパソコンの前に座ると、気持ちが緩んでしまうのでしょうか、猛烈な睡魔に襲われてしまうのです。

明日、更新しよう。
来週、更新しよう。
もうちょっと、目が冴えている時に更新しよう。

とダラダラ伸ばして、早や2カ月。
そして、今年も残すところあと2カ月と、気持ちばかりが焦っている次第で・・・。

とはいえ、週末にはちゃんと映画観てますよ!(笑)
なんせ、映画観ないと番組で語れませんのでね。

サントラCDも買っているし、ご紹介したい作品もいっぱいあります。

ということで、番組も退院後は休みなく、順調にこなしています。
だったら、その内容をアップしなさいよ、ってなもんですが・・・。

このまま行ってしまうと、年が明けてからの更新になりかねない。
ここらで、ほんとに立ち向かわななきゃ、という思いはやまやまなんですがね・・・(笑)

ま、ブログを閉鎖するなんてことは考えておりませんので、気長に待ってやっていてください。

■『KANO~1931 海の向こうの甲子園~』■(映画) 







カノ1931ウミノムコウノコウシエン
【公式サイトはコチラ!!】

一昨年、日本でも公開され、感銘を受けた台湾映画『セデック・バレ』(11)のスタッフ再結集の本作。

『セデック・バレ』が2013年の台湾での興行成績1位となったのに続き、本作は2014年の1位になったという。
それだけ台湾本国の人々の共感を得たということだ。
日本ではいつ公開になるのかと楽しみにしていたら、意外とあっさり公開されたのには正直拍子抜けしたものだが(笑)、それでも嬉しいことには変わりがない。

この時期、『バンクーバーの朝日』、『アゲイン 28年目の甲子園』に続き、なぜか野球に関する映画が立て続けに公開されたが、その決定版ともいえるのが、この『KANO』である。
『セデック・バレ』の監督だったウェイ・ダーションは本作ではプロデュースにまわり、『セデック・バレ』では俳優として出演していたマー・ジーシアンが監督を務めている。


日清戦争の結果、下関条約において日本は当時の清国の領地だった台湾を日本の統治下とすることとなった。
以降、第二次大戦で日本が敗戦するまで、台湾は日本の一部なのだった。
その中で、日本人と台湾に住む人との間で衝突が起こったのも不思議ではない。
それを描いたのが『セデック・バレ』だったわけだが、とにかく当時の台湾は、そこで暮らす人々も混沌としており、台湾には大陸から渡ってきた漢民族と、もともと台湾に住んでいた原住民(しかも数多くの部族がいた)、そしてそこに日本人も加わったという形。


1931年(昭和6年)。
この映画の主人公である近藤兵太郎(永瀬正敏)は、もともと松山商業高校の野球部の監督だった。
野球に賭ける思いと情熱が、部員に対してスパルタな指導という形で出てしまったことで学校の反感を買い、失意の中、日本本土を離れて妻(坂井真紀)と娘と三人で台湾の嘉義という街に移り住み、会計士として暮らしていた。

ある日近藤は、地元の高校の野球部員たちが練習しているところに出くわす。
その嘉義農林学校野球部の部員たちは、大陸からの漢民族、台湾原住民、そして日本人と当時の台湾そのものを現すかのような多民族で構成されていた。
近藤は、部員たちそれぞれの身体能力を目の当たりにし、一度は失っていた情熱、そして部員たちを甲子園へ出場させるという熱意が蘇ることを実感する。
周囲の勧めもあって、近藤は嘉義農林学校、つまり嘉農(KANO)野球部の監督となり、部員たちを厳しく指導していくことになる。
その甲斐あって、嘉農は地元台湾での地区予選で優勝。
見事、甲子園への出場を果たす。
そこでも並み居る日本本土の強豪校を打ち負かし、いよいよ中京商業との決勝を迎えるのだった。


とにかく、「熱い!」の一言に尽きる(笑)
部員を指導する近藤は、終始喜怒哀楽を顔に出さない、何を考えているのかわからないような鉄面皮キャラ。
それじゃあ野球に対する情熱なんて、観ているこちらには伝わってこないじゃないかってなものだが、彼のちょっとした仕草や行動に彼の部員たちへの愛情が垣間見え、それがたまらなくいいのだ。
劇中、いろいろとそんな場面があるのだが、それが是非ごらんいただくとして、特にクライマックスの嘉農のピッチャーとのバンテージの場面(ご覧になった方はお判りかと思うが)などは、涙なくしては観られない。


意外だったのは、日本統治下の台湾ということで、どうしても日本人に対する否定的な描写というのも出てくるんだろうな、と思っていたがほとんどそういうものはなかった。
(一部、台湾原住民に対して偏見を持った日本人記者(小市慢太郎)のような人物も登場するが、彼でさえクライマックスでは嘉農の部員たちの姿に感銘を受ける)

『セデック・バレ』が、台湾原住民による抗日運動(蜂起した台湾原住民タイヤル族に、本土から移住していた数多くの日本人が殺害された。その鎮圧のため送り込まれた日本軍とタイヤル族との間で凄まじい攻防戦が繰り広げられた)である「霧社事件」を描いていたにもかかわらずだ。
しかも、舞台となる1931年は、方や「霧社事件」が起き、方や嘉農高校が甲子園に出場した年という、台湾という国で考えると相反するかのような出来事が起こった年でもある。


今回、本作をプロデュースしたウェイ・ダーションは、『セデック・バレ』の前に日本でもヒットした『海角七号 君想う国境の南』(08)を撮っている。
台湾と日本の関係、統治下の台湾と現代の台湾をオーバーラップさせた秀作で、その中でも日本人に対する描写には相当に気遣った演出をしていたように思う。
そこに、彼の台湾と日本との関係、それに対する考えが強く表れているように感じるのだ。

たしかに第二次大戦を挟んで、日本はアジア諸国に対して理不尽なふるまいをしたかもしれない。
しかし、歴史は歴史として、いまは友好的な関係を築くことが互いの国の発展に結びつくのではないか。
もちろん、そのためには事実はきちんと理解し踏まえたうえで。
そのきっかけの一つして、彼の作る作品が大きな意味を持ってくるのだと思う。
『セデック・バレ』で描かれたものは日本と台湾との間の黒歴史ではあるが、その中においてもけっして日本人がすべて悪い、という描き方をしていないところにも顕著である。
ゆえに僕はあの作品にも感銘を受けたのだった。

さらに本作で興味深かったのは、本作では嘉農と近藤監督との熱きドラマがメインとなっているが、ここに当時の台湾南部の灌漑事業に貢献した八田與一(大沢たかお)のエピソードも時間を割いて盛り込んでいること。
ここでも、日本がけっしてアジア諸国にとってマイナスな存在ではなかったことを、日本人ではなく台湾映画で描いているというところに意義があるのだ。


そういった諸々のエピソードを盛り込みつつ堂々3時間に及ぶ本作。
台湾映画とはいえ8~9割は日本語が飛び交い、顔なじみの日本の俳優も登場することで親近感もある。
さらにテンポのよい演出でまったく時間を感じさせない。
特に野球の場面になると、まるで実況中継を観ているかのような臨場感もあって、そのあたりの満足度も相当高い。
ここで、もう少し部員一人一人を掘り下げれば、さらに物語に深みが出たかと思うのだが、それをすると3時間では収まらなくなってしまうだろう(笑)

とにかく、すぐ隣の国であり、比較的友好的な関係にある台湾と、かつてこのような出来事があったということを知るだけでも、大きな意義のある作品。
ぜひ、観る機会と時間的な余裕があれば、ご覧いただきたい逸品である。



カノウウミノムコウノコウシエン
スコアを担当したのは佐藤直紀。
いまさら説明するまでもない、売れっ子作曲家の一人だ。

なんでもウェイ・ダーションは『セデック・バレ』でも彼を起用したかった、なんて書いていたが、それではリッキー・ホー(『セデック・バレ』のスコア担当)に失礼というもの(笑)

それはともかく、佐藤直紀によるスコアは、本編以上に熱い仕上がり!
コンスタントに担当作品を送り出す佐藤氏だが、今回は台湾映画にまでその活動の場を広げた形となった。

今回も、物語を大いに盛り上げるという、彼の自己主張を忘れないスコアが秀逸。
ほんと、クドさスレスレ(笑)のところで、それでも「聴かせる」スコアを鳴らすそのスタイルは、日本と台湾とでは、映画の製作環境も違ったことだろうが、ブレることがないのがさすがだ。

また、本作の主題歌として、これまた日台韓のアーティスト5名が参加して熱唱する「風になって~勇者的浪漫~」がこれまた聴きものである。
『セデック・バレ』でもエンドクレジットには出演者総出(台湾、日本共々)で合唱するナンバーが流れたものだが、こういうところにも、ウェイ・ダーションの本作に対する姿勢が感じられるというものだ。

サントラについてはCDとダウンロードにて販売中。
サントラCDは台湾本国にて、通常盤と小型のブックレットになった写真集が封入された特別盤の2種類がリリースされている。
そして日本公開に合わせて、国内盤もリリースされた。
台湾盤の写真集を確認していないので比較できないが、おそらくは国内盤にも封入されているものと同じではないだろうか。
僕が入手した国内盤に関していえば、プラケースと小冊子が紙ケースに収まっている形。
小冊子(写真集)はおそらく台湾盤(特別盤)と同じものかと思うのだが。

【amazon】※国内盤
【amazon】※台湾盤(写真集付き特別盤)
【amazon】※台湾盤(通常盤)
【amazon MP-3】

【タワーレコード】※国内盤

【iTunes】





■『マップ・トゥ・ザ・スターズ』■(映画) 







マップトゥザスターズ
【公式サイトはコチラ!!】

ハリウッド・セレブの一人であるハヴァナ(ジュリアン・ムーア)は、歳を重ねるごとにオファーされる役も少なくなり最近かなり焦り気味。
いろんなコネ(そこには肉体関係も絡む)を使って、なんとか役をもらおうとやっきになっている。
ハヴァナの母(サラ・ガドン)も有名女優だったが、火事がもとで何年も前に亡くなっている。しかし、ことあるごとにハヴァナの前に幽霊となって現われては、彼女をさらにイラつかせるのだ。

一方、ハリウッド・セレブに絶大な支持を得ているカウンセラー、スタッフォード(ジョン・キューザック)は、自宅にセレブを招いては、インチキ臭い施術をしている。ハヴァナも彼の元へ通う患者の一人だった。
スタッフォードの息子ベンジーは、『いけない子守り』なるTVドラマで一躍人気者になった子役で、未成年のうちにセレブの仲間入り。となると、進むのはドラッグ常習への道。
母親のクリスティーナ(オリヴィア・ウィリアムズ)はベンジーのマネージャー的存在で、彼女と夫スタッフォードは、たとえ息子のドラッグ常習が表沙汰になっても、揉み消すくらいの力をハリウッドでは持っていた。

そんな欲の権化のようなセレブが跳梁跋扈(登場する幽霊のほうが、生身の人間よりもピュアだったりする)するハリウッドに、一人の女性がやってくる。
アガサ(ミア・ワシコウスカ)と名乗る彼女は顔や腕に火傷の跡がある。
たまたまアガサを乗せたリムジンの運転手ジェローム(ロバート・パティンソン)は、どこか不思議な魅力のある彼女に魅せられていく。


ハリウッドの内幕ものといえば、『サンセット大通り』(50)が有名だが、個人的に敬愛するデイヴィッド・リンチも傑作『マルホランド・ドライブ』(01)を撮っている。
ただ、前者は実在のハリウッド・セレブが実名、あるいは本人の役で登場する、まさに内幕ものだったが、後者はハリウッドに憧れたヒロインが、挫折の末自らの命を絶つその刹那を描いたもので、内幕ものという括りでは、両者には大きな格差があるように思う。

同じデイヴィッドでもこちらはクローネンバーグ。
その最新作はどちらかといえば『サンセット大通り』の流れを汲む内容だった。


本作は、実際にハリウッドでリムジンの運転手をしていた人物(劇中のジェロームにそのキャラが反映されている)の手記をクローネンバーグが映画化したもの。
登場人物はあくまでも創作だが、そこに実在のセレブのエピソードもいろいろと盛り込まれていることは明らか。
わかりやすいところでは、ベンジーなどはマコーレー・カルキン(劇中の『いけない子守り』なる作品は彼が出演した『危険な遊び』(93)を連想させる)や、ドリュー・バリモアあたりをモデルとしているのだろう。

さて、この物語に登場するアガサとはいったい何者なのか?
物語上、具体的な「秘密」を持ち、それがドラマティックな展開につながっていくわけだが、それとは別に彼女の存在自体がじつに興味深かった。
アガサはツイッター仲間のキャリー・フィッシャー(キャリー・フィッシャー本人が演じている)を通じて、ハヴァナの個人秘書となる。
一方、彼女はスタッフォード一家に対しても、大きな影響を与えていくのだが、ここで話は大きく反れる。

俗に「この世」を司る四大元素といえば「火・水・土・気」。
本作の舞台となるハリウッドは、「映画」を生み出す場所であり、「映画」は人間の姿の縮図、つまり「この世」の縮図ともいえる。
映画=人間の姿=この世、と捉えたとき、本作には四大元素を示唆するシチュエーションが登場する。
まず、「火」と「水」。
ハヴァナの母が亡くなった原因は火事。
アガサは体のあちこちに火傷を負っている。
ハヴァナの母が幽霊となって現れるのは風呂やプール。
また、ベンジーのファンだった重病の少女。彼女を見舞うことで世間から好評化を得ようとしたベンジーだったが、少女は急逝してしまう。その少女も幽霊となってベンジーの前に現れるが、それはプールサイドで。
さらには、とある登場人物が焼死するエピソードが登場するが、それもまたプールサイドで。などなど。

「土」に関して言えば、アガサはハリウッドの「とある場所」に執着している。
また、ウォーク・オブ・ザ・フェイムにひれ伏す。などなど。

そして、「気」だが、これはこの映画を観ている観客の「視線」だ。
スクリーンの中で繰り広げられるセレブの本質を「のぞき見」する、我々観客の邪な(笑)視線。
映画は観客の視線があってこそ、映画として成り立つ。

そんな「四大元素」を物語に含みつつ、そこで繰り広げられるのはエキセントリックなキャラクターによる饗宴だ。それらは総じて人間の負の要素のメタファーである。

それら登場人物が持つ、人間の欲にまみれた「四大元素」を浄化するのが、ほかでもないアガサなのだ。
彼女の登場によって、ハヴァナもスタッフォード一家も破滅の道をたどることになる。
欲にまみれたがために、夢や希望を産み出す本来あるべき姿を見失ったハリウッドを浄化するために使わされた、天使のような存在。それがアガサなのである。
彼女がいかなる方法で「汚れたハリウッド」を浄化するか、それは実際に映画をご覧いただきたい。

今回、初めてハリウッドで映画を撮ったクローネンバーグが、映画の中に忍ばせた映画の都に対する痛烈な皮肉ともとれる本作。
いや、裏を返せばこれは、彼なりのハリウッドへの憧れをテーマとした、ひとつの愛情表現なのかもしれない。

とにかく、驚くべきはジュリアン・ムーアだ。
本作では、ヌード、3Pはもとより、トイレでの排便シーン(放屁までも!)まで披露している。それでなくても、リスキーな役柄であるのに、それらをこなすその女優魂には平伏さずにおれない。
想像するに、同世代のニコール・キッドマンが『ペーパーボーイ 真夏の引力』(12)で豪快な放尿シーンを披露して話題になったが、「あっちがそれなら、こっちはこうよ!」(そういえば『ペーパーボーイ~』にもジョン・キューザックが出演していたなぁ・・・)、ということだったのだろうか(多分、違うと思うけど)。
クローネンバーグ自身、本拠地はカナダなのでいくらハリウッドの内幕ものを作って、これはけしからん!! てなことで、たとえばハリウッドから追放されたって屁の河童なわけだが、ジュリアン・ムーアや、他のアメリカ人俳優は、そこが本拠地なのだ。
それでもなお、本作の意図するものを汲んでリスキーな役に挑戦するジュリアン・ムーアをはじめ俳優たちのプロ意識は賞賛に値する。
ジュリアン・ムーアがカンヌ映画祭にて見事、主演女優賞を勝ち取ったのも、そういうところが評価されたのだろう。

さらに、出る作品ごとに「ヘンな女優」道を歩んでいるミア・ワシコウスカ。
これは確実にいい路線だと思う。彼女はもう、アリスには戻れない(笑)

あと、驚いたのはキャリー・フィッシャー。
かつてのレイア姫も、いまではジャバ・ザ・ハットのような体型に変貌していたのには驚愕した。
年末公開の『スター・ウォーズ ジェダイの覚醒』にもレイア役で出演するそうだが、あれではいろんな意味でダメなんじゃないか(何がどうダメなのかは、ここでは触れないけど)。


じつは『イグジステンス』(99)からクローネンバーグ作品はとんとご無沙汰だった。
その間、興味深いジャンルの作品も幾つか発表していたが、ことごとくミニシアターでの公開ということで、観る機会を逃していた。
じつに16年ぶりのクローネンバーグ作品は、「映画」とそれを産み出す「ハリウッド」に対する、歪んだ愛を描いた、2015年最初に観るには大いに満足のいく仕上がりだったのが嬉しい。



マップトゥザスターズ
スコアはクローネンバーグといえばこの人、ハワード・ショア。
たとえば『LOTR』のような壮大なシンフォニーも書けば、本作のような前衛音楽のようなスコアも書く才人。
今回のスタイルは、全編アンビエントなスタイル。
シンフォニックなものよりも、こういうスタイルを欲したのはクローネンバーグの意図だったそうだ。

それでも、時折ドラマティックな旋律やデジタル・ビートが響くようなスコアも聴くことができる。
かように『LOTR』とはまた違う魅力を引き出しているのは、ショア自身の才能もさることながら、クローネンバーグの采配によるものも大きいのだと思う。

先に「四大元素」のことで、「気」は観客の視線と書いたが、もちろん、映画を彩るスコアもまた「気」の一つであることは言うまでもない。

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